菊花夜話

兄を探しています。

十四夜目 友人の実家の宗教がヤバかった件

※殺人の描写があります。

 

高校の頃の話だ。
当時の友人にオカルト趣味のやつがいて、俺はよくムー大陸やUFOの話を聞かされていた。俺としてもその手の話は嫌いではないのだが、そいつ(仮に田辺とする)は不思議と霊や祟りの話はしなかった。科学的なことしか信じないタイプ(科学的とムー大陸やUFOは矛盾しないのだ)かと思っていたが、どうも違うらしい。
「川井(俺のこと)、今度の連休、空いてる?」
「あー……たぶん予定ないけど……なんで?」
「おれ、田舎に帰るんだけど、よかったら遊びに来ないか?」
当時俺の家庭環境がヤバく、なるべく家に寄り付きたくないというのを田辺も知っていた。せっかくだからとその話に乗ることにした。田辺の実家は結構遠いらしいのだが、ちょうど月曜が休みで三連休になるので火曜には帰って来られるはずだ、という話だった。

当日は校門前で合流し、田辺のお父さんが運転する軽で三時間くらい走ったと思う。山の中だと聞いていたから事前に昼飯をマ〇クで買ってあったし、お菓子もある程度持ってきていたから、道中はそれなりに楽しく過ごした。意外にも田辺のオカルト好きはお父さん譲りらしく、二人でもムー的な話題で盛り上がっていた。

田辺の実家は某県のO町N区というところにある。市町村再編で合併する前はN村として独立した生活を営んでいたらしい。当然村の全員が顔見知りで家族同然、というか実際にほとんど全員が遠いとはいえ血縁関係にあるらしい。田辺のお父さんは入り婿だから肩身が狭い、とかそういう話を車中で聞いた。
N村、もといN区は山の中の開けたところで、石垣や生垣に囲まれた大きな家が何軒も立ち並んでいた。もちろん田舎だから家と家の間は最低でも車道くらいは空いている。
田辺の家も結構大きく、立派な日本家屋に庭まで付いているのだが、いわく「村の中では小さい方」らしい。これが都会と田舎の感覚の差というやつだ。そして田辺の家の玄関にはものすごい飾りがついていた。扉の両脇にデカいカエルが長い釘で磔にされている。ここまでの家にはなかったから、何か特別な意味でもあるんだろうか。
「これ……すごいね?」
「ああ、うん。うちはニ????だから」
田辺は嫌そうにカエルを見ながら家に入った。ニなんとか?はよく聞こえなかったが、実家の玄関にカエルが打ちつけられていたら誰だって嫌だろう。正直薄気味悪いヤバさはこの時点で感じていたが、今更帰るというわけにもいかない。仕方なく俺も田辺に続いた。

突然押しかけたにもかかわらず、田辺の家族に俺はえらく歓迎された。普通に実家に帰るよりも手厚くもてなされたかもしれない。俺は次から次へと料理を繰り出され腹がはち切れそうになっていたのだが、時々田辺に目をやると箸が全然進んでいないようだった。実家のこのノリが苦手なのかもしれないし、俺も正直なところそうだから、たいして気にはしなかった。
その夜は仏間というのか、広い和室に布団を敷いて田辺と二人で寝た。修学旅行っぽい空気になるのかなと思っていたが、そういうこともなく田辺は黙って寝たし、俺も特に何も言わず眠った。
夜中にふと目が覚めた。いや、目が覚めたというか、なんとなく意識だけがある状態で、半分夢をみているような気分だ。俺たちのいる部屋は壁の一面は外に、一面は隣の部屋に、そして残り二面は廊下に繋がっている。廊下に面しているところは障子で、廊下に非常灯が点いているので廊下を通るものがあれば障子に影が映るようだ。それを眺めていると、時折この家の飼いネコが通るようで、小さな鈴の音と共に小さな影がトトト、と障子を横切っていく。少しずつまた眠りに落ちる気配を感じていると、不意に背中の方から「ズズッ」と音が聞こえた。布団は二人分並んで敷いてある。背中の方には今田辺がいて、そしてその向こうは外に通じている。和風の古い家らしく縁側があり、硝子戸で外と内を隔ててあるのだ。ズズッ、という音は途切れ途切れに続いている。
田辺、縁側、そしてその向こう。きっとただの気のせいだ。なのに、そこに「何か」がいるのではないか……という妄想を、俺は振り払うことができない。ぞくりと凍り付く背中をなるべく振り向かないように俺は目を閉じ、意識が途切れるのを待った。
田辺に揺すられて気がつけば朝だった。夜中に見た夢がぼんやりと頭に浮かんだが、それもすぐに消えた。よく見れば田辺の眼が少し赤い。
「朝ごはんだから、起きて」
「昨夜ほど食えないぞ」
「たぶんそんなにないと思うよ」
田辺が苦笑する。たしかに昨日の夕飯ほどの量はなかった。

「これから何するんだ?」
朝食後、だらだらとデザートのヨーグルトを食べながら田辺に聞いてみる。大きいパックから器に取り分けるタイプのやつで、グラニュー糖をかけてはあるが酸味が強い。
「何って言われてもなあ……夜まで暇だよ。遊ぶとこもないし」
「夜まで?」
「山でも行く?」
まあそれしかないよな、という気持ちになった。夜になにかあるのかと聞こうと思ったが、靴紐を結んでいるうちに忘れてしまった。
それから森の中で虫をとるとか、穴を掘るとか、そういうことをやって時間を潰し、陽が傾き始めた頃に家に戻った。戻るとすぐに風呂に入れられ(泥だらけになったわけではない)、昨日とは違う浴衣を着せられた。白地に赤で模様が入っている。田辺とお揃いのやつだ。
昼はおにぎりを持たせてもらったが、男子高校生の胃袋には到底足りるものではなく、俺は腹ペコだった。なので夕飯には期待していたのだが、昨日ほどの量はなく、少しがっかりした。かといって厚かましくおかわりをねだれるほど図太くもない。昨日と同じように布団に入りながら、ふと思い出して、昨夜みた夢の話をした。田辺もちょっとだけ怖くなってしまえという下心だ。本当に何かが外を彷徨いていたと思っていないし、いたとしてこんな山奥だから野生動物だろう、くらいにしか思っていなかった。なのに、
「……聞こえちゃったか」
と深刻そうな顔で田辺が言うものだから、俺はたいそうビビってしまった。洒落怖は好きだが、自分が巻き込まれるとなるとそれこそ洒落にならない。
「や、やめろよそういうの!」
「ごめん、そんなに怖がると思ってなくてw 昨夜の音はさあ……おれが……」
田辺が恥ずかしそうに俯くので、ハッと察してしまった。朝、田辺の目元が赤かったのを思い出す。なんで、とか、聞くのはかわいそうだ。なんか嫌なことでもあったんだろう。祖父母にいびられてるとか。俺にもそういうのはあるのでわかる。
俺たちは並べられた布団にもそもそと入り、昨夜と同じに背中合わせになった。電灯の紐を引いて灯りを消す。
「もしさ……もし……おれが頼んだら、川井、おれのこと、」
――殺してくれる?
「なに、」
「ごめん、変なこと言った」
「なんだよ今の」
振り向いて田辺の布団に手を突っ込んだ。背中を引っ張る。
「ごめん……ごめん」
「ちゃんと話せよ」
問い質し続けると、とうとう観念したように田辺も俺の方を向いた。枕元の小さなライトをつける。
「……おまえも見ただろ。玄関のやつ」
「カエル?」
うん、と田辺はうなずく。
「うちはニギカなんだ。神様に贄を差し出す係。おまえとおれは、……贄なんだ」
それから田辺が教えてくれた話によると、数年に一度行われる村の守り神の祭りで、ニギカは二人の生贄を出すならいだという。「ニギカ」とは贄を供する係か家か、そういう意味なのだろうと田辺は推測していた。詳しい情報は失われてしまったが儀式だけが続いている。人口も戸数も少ない村のことだから、贄を出す家は持ち回り。今年は田辺の家が担当ということになる。
「ニエって、やっぱ殺されるのか?」
神に生贄を捧げる儀式というとやはりアステカのイメージだ。あんまり痛いのは嫌なので死ぬなら呆気なく死にたいな?と思っていたが、場合によっては叶いそうにない。
「"外"から選ばれた方の贄は、そう。"内"から選ばれた贄は……凌辱されるんだよ」
外からの贄はつまり俺だ。俺は殺される。そしてもうひとりの贄……田辺はリョウジョクされるらしい。
「リョウジョクって、なに?」
「あー、なんていうのかな、犯されるってこと……通じてない?難しいな!だから、なんていうか、その……」
徐々に田辺の顔が(薄暗くてもわかるくらい)赤くなり、とうとう布団にもぐりこんでしまった。
スマホで調べろ!バカ!」
「おまえより成績いいよ俺は!だいたいここ電波通じねーじゃん」
布団越しにくぐもった罵倒された俺は仕方なくスマホのアプリで調べてみる。しかしいまいち理解できないのでwebで検索をかけてみたが、電波が弱いうえにチャイルドロックでやたらにブロックされてほとんど何もわからなかった。わかったのはひとつ、子どもが見たらいけないやつということだ。
「えっちなやつなの?こんな言葉知ってるとかおまえもえっちだな……」
「おれがそうなんじゃないから!高校生にもなってなんだえっちて。涙乾いたわクソ」
布団の中でメチャクチャに蹴られまくってしまった。
ニギカは"内贄"として自分の家の誰かをひとり、"外贄"として村の外の人間をひとり差し出す。内贄は15?28歳程度でなければならず、外贄は内贄と年や背格好が近いもの。
儀式の内容は田辺もよくは知らないと言っていたが、とにかく外贄が死んだあと複数人で内贄を凌辱するという決まりであるらしい。その儀式によって孕んでしまう内贄もいたとかで、その子どもは"神子"として大事にされるのだとか。田辺もそんな"神子"のひとりなのだと言った。
「でもそれって田辺が選ばれるのおかしくないか?男じゃ子どもはできないだろ?」
「神子が生まれるのは結果だから、内贄の性別は関係ないんだ。まぐわう……あー、セックスするのが大事だから」
そういうもんなのか。
「ごめんな、変なことに巻き込んで」
「いや、おまえさ、俺がそのニエにされるの知ってて連れてきたんだろ?おまえがそこまで俺のこと嫌いとは思わなかったわ」
「違うんだよ……や、知ってたのは知ってたけど……おまえのこと嫌いじゃなくて、むしろ好きっていうか」
「好きな相手にする仕打ちかよ?!」
「だから違うんだって……おまえを死なせる気なんてないから!おまえの代わりにおれが……」
それで『殺してくれる?』に繋がるのか。
「あ?待てよ、じゃあおまえが死ぬのか?!おまえが死んで俺がリョウジョクされるのか?それも困るぞ」
「声がデカい、誰かに聞かれたら困る」
そう言って田辺は俺の衿を掴んで布団の中に引きずり込んだ。


翌朝、俺たちは塩握り飯だけの簡素な朝食を終え、浴衣のまま外に連れ出された。
「ふたりともお祓いをするからね」
と田辺の祖母に笑顔で言われたが、もう不穏なものしか感じない。
軽トラでドナドナされ森の奥の滝へ。滝のそばには簡素な小屋が建っている。嫌な予感、というかもう確信だが、予感は的中し、二人まとめて滝壺に突き落とされた。浴衣のままでよかったのか悪かったのか。滝壺は意外と深く、水面に顔を出したら足が全然底につかない。少し寒いが時期が時期なら普通に楽しいと思う。田辺も小さい頃はこうして遊んでいたのかな、とか考えていると、不意に水中のなにかに足を取られた。足をばたつかせて振り払えば解放されたので、水草か何かに引っかかったのだろう。
呑気に遊んでいるとさすがに怒られが発生し、首根っこを掴んで滝の下に放り込まれた。嫌というほど滝に打たれ、水から上がると、そばの小屋で着替えさせられる。浴衣と同じ、白地に赤の模様の着物だ。赤い模様は両肩から背中にかけて螺旋を描いて足元まで続いていた。結構しっかり着付けられたので(俺は着付けのことはわからないので)これは一度脱いだらもう一回着直すのは難しそうだ。
それから最後にお面を付けられる。自分がどんなお面を付けられたのかはわからないし、視界もよくないのであとは手を引かれるままだ。
そのままどこかの部屋に入れられ、二人きりになった。
「こんなんで本当に大丈夫なのかよ」
「いけるだろ、たぶん」
「たぶんっておまえな……」
俺と田辺はかぶらされた仮面を交換した。変な鬼のような、たぶんカエルがモチーフのやつなんだと思う。紐を解けなかったので上にすぽっと抜けてかぶり直した。
「これでおまえは、おれだ」
田辺が言う。その声が妙に重い。

それから俺たちは儀式の場所に連れていかれた。神主さんっぽい人がぬさを振りながら呪文を唱える。神社でお祓いをしてもらうのは初めてなのでよくわからないが。神主みたいな人か俺の前に刃物を置く。匕首というのか、鍔のない短刀だ。
神主らしき人が部屋を出ていき、俺たちはまた二人になった。仮面を外そうとする俺を田辺が制止する。
「儀式が終わるまでは外しちゃダメだ。"おまえ"が神様に見つかってしまうから」
外でお囃子が鳴っている。ドンドンと徐々に大きくなっていく。人の音が増えていく。騒がしい。

突然田辺がうずくまって唸りはじめた。
「えっ、どうした?腹が痛いのか?」
ぱきん、と田辺の仮面が割れる。そのまま落ちて、カタ、と硬い音を立てた。
田辺が顔を上げた。汗が滴る。
違う、これは田辺なんかじゃない。本能が察知したそれを、俺の理性は否定したがっている。
「鬆?コ上r隱、縺」縺」
「な、んだよ、今の」
田辺の口から出た声は言葉のように聞こえるのにまるで理解できない。全然知らない外国語で話しかけられてるみたいだ。
「雍?r謐ァ縺偵m縲∽ココ縺ェ繧九b縺ョ」
無造作に置かれたままの刃物をとる、田辺の手がこちらを向く。きれいなくらいにきらりと輝いて見せる刃に、俺は一瞬状況を忘れる。
「螟冶エ??蜻ス繧偵?ょ?雍??菴薙r縲」
刃が腕を掠めて、布の裂ける音がして、赤いものが散った。田辺の姿をしたそれが嬉しそうに笑う。そんな顔するんだ、と感慨深くなってる場合じゃない。
俺はとにかくがむしゃらに刃から逃げ回り、決死の覚悟で体当たりで田辺を押し倒すことに成功した。手から刃物を取り上げて投げ捨てる。
「どうしたんだよ、ふたりで逃げようぜ、こんなとこ、なあ」
「にげられるとおもうのか」
ぞっとした。
ささやくような声音は、たしかに田辺のものなのに、それは田辺の声じゃなかった。さっきまで外国語みたいなものを喋っていたそれが、たしかにそう言ったのだ。
「……おれを抱いてくれよ」
沈黙のあとに、ぽつりと田辺がそう言った。俺はおずおずと田辺に覆いかぶさり、両腕でぎゅっとする。田辺は無言だ。なんか言えよ。と思っていたら耳元で噴きだすのが聞こえた。がばりと体を起こすと、田辺は諦めたみたいに笑っていた。
「ばーか」
「なんだよ?!合ってるだろ?!」
俺が抗議すると、はいはいそうだな、と苦笑混じりのため息。完全にばかにされている。
「見ただろ、さっきの。おれは『神子』だから、神様が降りてきやすいんだ。だからおれを殺せば」
「それしかないのかよ」
「ないね。――言ったよな。おれを殺してくれるか、って」
田辺は本気だった。起き上がって跪き、拾い上げた刃物を自分の首にあてた。
「やれよ。おまえが生きのびるためだぜ」
俺は田辺の首筋に刃を押し付ける。鋭いきらめき。
呼吸の仕方も忘れそうだった。
「……巻き込んで、ごめん」
俯いたままで、首筋を差し出したままで、田辺が言う。
心拍数が上がる。これをしたら、俺は。
それでも俺は自分がかわいかった。
俺の手に熱いものが伝ってくる。
田辺。
その命。
俺の手で。
ともだちを。

俺は半狂乱で部屋を飛び出した。村人に見つかったら一貫の終わりだ。本当は死ななきゃいけないのは俺なのだ。この村を今すぐに出なくてはいけない。ここまでは車で数時間、走りきれる距離じゃない。田辺のお父さんの車に乗せてもらうことも考えたが、自分の息子を犠牲に生き延びた奴なんか普通助けてくれないだろう。来た道を戻るのは無理だ。俺は森に飛び込み、山をのぼり始めた。
木々の枝を払いながら走り続ける。裸の足が草や石で切れて痛むけど、立ち止まることも怖くてがむしゃらに足を動かしている。
逃げながら俺は背中になにかを感じている。呼吸が苦しい。仮面を外したい。町に戻るまでは絶対に仮面を外してはいけないと田辺は言った。「神様」に見つかってしまうからと。
外してしまったら、俺はどうなってしまうんだろう。


気づけばおれは病院にいた。
いつの間にか山を越え、反対側の町まで出ていたらしい。そこでおれは警察に保護された。手についていた血の量から怪我を心配されたが目立った外傷はなかったらしい。山の中で擦り傷や切り傷があちこちできていたが、その程度のものだ。その血は田辺のものなのだから当たり前だとおれは思ったが、どうやら手に付いていた血はDNAがおれのものと一致したらしい。ということはおれの血だったということになるわけだが、それもおかしな話だった。あれだけの血が出たら普通助からない。
『おまえは、おれだ』
田辺の言葉がリフレインする。まさか、そんなことあるわけない。

半月ほど入院して、カウンセリングを受けた。退院して翌月からは学校に復帰した。当然だがそこにあいつの姿はない。

 

 斎藤遥斗