二夜目 『神田ソウジのブログ 5/16 02:11 「前職の話。」(パスワード限定公開)』
今回は映画でも音楽でもなくて、車でもなくて。
前職というか、前にやってた仕事?の話をしようと思う。
あんま楽しい話でもないから、パス分かった人も読まない方がいいかも。
俺は昔、祓い屋みたいなことしてた。
今はもうすっぱりやめたけど、別に事務所持ってたとかじゃなくて、クチコミで知った人から連絡が来たら行きます、みたいな。
副業みたいな感じだったけど、小遣い稼ぎくらいにはなってた。
呪われてるとか、幽霊がいるとか、そういうのをなんとかするのが仕事だった。
とか言っても、だいたいは呪いとかなくて、勘違いとかストレスとか、あとは人間だったりした。
幽霊よりストーカーの方が怖いよな。
そんなのをうまいこと言いくるめて解決するのがほとんどで、昔カウンセラー的なことしてたのもあって順調だった。
でも別にインチキだったわけじゃなくて。
前から本当に幽霊とか遠ざける体質? だったぽいんだよ。
心霊スポットとか行ってもなんともないし、そういうオカルト関係で体調崩したやつとかと一緒にいると、向こうもなんともなくなるんだよ。
だからインチキとかじゃなくて、たまにマジなやつがあったらそれもなんとかしてた。
なんとかって言っても、近くにいるだけなんだけど。
で、近くにいるだけじゃなんともならないのがあって。
学生時代にいた彼女もそんな感じになっちゃったことあって。でも最終的には治ったんだよ。
いろいろ試して分かったんだけど、なんか、近くにいてもどうにもならなかったらセックスすればいい、みたいな。
いや、仕事ではしてない。ほとんど。
よっぽどなんだよ、そうしなきゃいけない状況って。
だから、知人以外では見なくて、多分俺にたどり着く前にもう……死んじゃってたんだよな。
でも一回だけ、仕事で「よっぽど」があって。
それがすごい嫌な仕事で。
だから俺祓い屋やめたんだ。
で、本題なんだけど。
その最後の仕事、テープ残してて。
このままだといつまでも思い出しちゃうから、一回吐き出したい。
とりあえずテープを書き起こしておく。依頼人は山奥に住んでる金持ちで、息子が呪われてるからなんとかしてくれ、ってやつだった。
……ああ。
いらっしゃいませ。
どうぞ、そちらにお座りください。
はい。
私がその本人です。明日が誕生日の。間違いありません。
え?
そうですね。十一月十五日に詣でるのも、今年で最後になるでしょう。
……それまで私が生きていれば、です。
平静? 死ぬにしては、落ち着きすぎているということですか?
そうかもしれません。
これまで私は、明日に、私の誕生日に死ぬことを疑ったことがないので。
慌てるようなことではないでしょう。生まれたときから明日死ぬと、そう決まっていたのなら。
……そうではなく?
大人びている、と?
……お褒めいただきありがとうございます。私は……自分がずいぶんと子供っぽいと、そう思っていたものですから。
同年代?
いませんね。大きいのに人の少ない屋敷ですから。
子供っぽいのではなく、子供……。
そうなのですか。そうかもしれませんね。
学校に通うような事があれば、また言われるかもしれませんね。大人びていると。
不思議な気持ちになります。他人から見た自分、というのは知っているような、知らないような、不思議な人物なのですね。
……ああ、申し訳ございません。
本題をいたしましょう。
――明日死ぬ哀れな生き物を、できることならば救ってください。
――この屋敷で唯一、私の命を諦めていない母の、切実な願いです。
はい。
事の始まりから一つずつ、状況を説明いたしましょう。
始まりは九年前だろうと、大人たちは言いました。
この家はそれなりに大きく、由緒ある血筋だといいます。
古くさい価値観も根付いていますが、権力がそれを許していました。
成人した父には二人の女性があてがわれました。妻と妾です。
はい。私は妾の子です。
正妻は明るく人好きのする女性であったようですが、残念なことにいくら経っても子を為しませんでした。
普通はどうなのか存じませんが、正妻より先に妾が子を産むべきではない、という暗黙の了解があったようですね。なので妾……私の母も、離れでひっそりと暮らしておりました。
明るかった正妻は子を為せぬ焦燥感から体を崩しており、そして……とうとう死んでしまいました。
それが九年前です。
父は嘆き、悲しみました。妻を失った身としては当然のことでしょう。
周りは少し焦り、人によっては少し喜びました。
新しい妻を見繕うにしろ、妾を正妻にするにしろ、跡継ぎが望める、とそう思ったのでしょう。
父は妾に跡継ぎを産ませることを決めました。
これで丸く収まる、と周りの人間は思っておりました。
父が何を考えているかも知らないままで。
妾にこれまで以上に愛情を注ぎながら、父は一つのことを考えておりました。
すなわち、亡くした妻にもう一度会いたいと、分不相応な事を望んでおりました。
一目見るだけで良い。一言だけでも伝えたいのだ。
彼女は最後まで、自己嫌悪と焦りに苛まれていた。
けれど私は、子を産めなくとも彼女を愛していた。
それだけを、最後に伝えておきたかった。
……だそうです。
手遅れですよね? 生きているうちにたくさん伝えておければ、正妻の寿命も延びただろうに、と思います。
愚かで分不相応な望みを抱いて父は、山の下の街へとふらふら出かけていくことが増えたそうです。
怪しい書物を買いそろえたりしても、誰も父を訝しんだりはしませんでした。
読み物として買っているのだ、と笑えば、妻の抜けた悲しみを書で埋めようとしているのだろうと、勝手に思い込んでいたのです。
それだけ普段の父が冷静で、リアリストであったということかもしれません。
……そして、父は怪しげなものに手を出していきます。
『それ』をなんと言えば良いのか、私にはさっぱり分からないのです。
話をしてくれた大人たちにも、よく分かっていないようで。
父は一年間探し続けて、必死に駆けずり回り、一人の美しい人間を見つけたそうです。
男か女かも分からず、この世の者とは思えぬ、とても美しい者だったと。
その姿をはっきりと見たことのある人物は少ないですが、見たことのある人間の誰もが皆、口をそろえてその美しさを語りました。
父がその人物にずいぶん執心だったのを、周りの人間は勘違いしたのでしょう。
新しい愛人を見つけたのだろう、と。
であれば誰も気にもしないし、咎めもしません。
けれどそうではありませんでした。
彼、あるいは彼女は冥府の犬だったのです。
彼岸と此岸をいたずらに繋がぬよう、死人と生者を遠ざけるのがその者の仕事なのだと。
……信じられませんか?
そんなことはありませんよね。
……よかった。
あとは大体分かるでしょう。そうして冥府の犬を手懐けて、父はもう一度己の妻に会おうとしていたのです。
それはうまくいったと、父は語っておりました。
けれどおそらく。父は恋人のように振る舞って犬を懐柔したのでしょう。
妻と対面して喜ぶ父に、冥府の犬は怒り狂いました。
自分が好きだったのではないのか、全ては偽りだったのか。
冥界は、死後の裁判も行います。
つまり、嘘は許されないのです。
妻は腹いせで地の獄に落ちました。
父には狂気の呪いを。
それでもまだ、冥府の番犬を欺いた罪と怒りは消えません。
はい。
そのとき母は既に、私を身ごもっておりました。
光からにじみ出すように冥府の犬は屋敷に現れ、父を蹴り転がして、母の前で優しい笑みを浮かべたそうです。母を指さして、
『大丈夫。お前は呪わない。けれどね、お前の腹にいるその子供は呪う。その子が七つになるその日、残酷に殺してあげるから』
とても、美しく、優しい笑みで。
『父親のせいで無駄に生まれて生きて死ぬのだと、毎日その子に教えてあげなさい』
『その証を、子の腹に刻んでおいてあげるから』
……そうして十月と十日ほどが経って、私は無事に生まれました。
ええ、無事に。
証というのはこれです。
はい。
臍を中心として……入れ墨ではないですが。そのようなものです。
他の人にはないものですし、医者にも分からないと言われております。
ですのでこれが、きっと証なのだろうと。
呪いらしいものと言えば、それだけです。
病気もしませんし、怪我も痛いですがすぐに治ります。
健康そのもの。
けれど確かに呪いはあり、私は明日死にます。
分かるのです。そういうふうにできていることが。
思い込んでいると言えばそうですが……。
……実は証以外にも、そう思うに足る証拠があるのです。
母には内緒にしていただけますか?
ありがとうございます。
私は一度、崖から身を投げたことがあるのです。
ええ。
怪我はしましたが、一週間程度で治りました。
あそこから何回か人が落ちて、全員死んだと聞いたので。
貴方もご覧になったでしょう。
そう、それです。
……そうですよね?
やはり、人が死ぬには十分な高さですよね?
湿布と軟膏で問題なく治ったのです。
尋常ではないですよね。
だから私は、七つで死ぬために、その前には死ねないのだとそう思いました。
母には言わないでくださいね、泣いてしまうので。
……え?
そうです、狂気の呪いは父が。今は自室と離れ、あとは蔵におりますね。呻いたり、泣いたり、叫んだり、時折正気に戻って苦しんだり。
母は何も呪われておりません。呪われた子を産んだのが呪いと言えば、そうですが。
ただ単に、気を病んでしまっただけです。
無理もないでしょう。自分の産んだ子が死ぬ日を知ってしまったのですから。
なので母は父と同じように狂気と嘆きに満たされながら、私の延命法を探しておりました。
けれどそれに効果があるかなんて分からないし、証は消えません。
周りの人間まで狂ってしまいそうなほど、母は悲しんで、
……そうして、貴方に辿り着きました。
呪いを祓うことができる、と。
自称する人間は多かったですが、確かな証拠がある人間は貴方しかいなかったそうです。
詳しいことは無理に聞こうとは思いません。
報酬等の話は母とされているのですよね?
ですので、私の呪いをどうにかしてほしいのです。
……気がすすまないでしょうか。
顔色が悪いですよ。
……え? はい。
貴方のお祓いの作法……というのですか?
とにかくその、儀式のような物の手順について、私では問題があるのでしょうか?
……もちろん、話は聞いております。
ええ。貴方とまじわることで、その力の恩恵が受けられるのだと。
母も私も承知の上です。明日死ぬことに比べれば、なんだって。
お嫌ですか? お膳立てはしてくれるそうなのですが。
本当に、顔色が悪いですね。
ご無理はなさらず。どうせ死ぬ身です。
母が泣くから貴方を頼ったけれど、私は貴方に無理をさせるつもりはないのです。
……大丈夫ですか? 本当に?
ええ、私の方は問題ありません。
母が哀れで仕方が無いのです。どうか、どうか救ってあげたい。私が生きることで彼女が救われるのであれば。
はい、はい、お願いいたします。
ああ、どうか、
私を、生かして。
最悪の仕事だった。
もともと楽しい仕事じゃなかったけど、本当に最悪。
ちゃんと腹の入れ墨みたいなのは消えたし、誕生日のあとも念のために見てたから呪いは消えてた。
でも、その少年の目が今でも忘れられない。
生きてる人間の目じゃなかった。真っ黒で、どこも見てないようなのにこっちをじっと見てる。
頭がおかしくなりそうだった。
呪いがどうこうとかじゃなくて、呪いが消えてもそれは分からなかった。
だから、家に帰ってもまだ、あの目が俺を見てるんじゃないかって。
そう怯えてたら、手紙が来て。
もうないけど、内容は控えてあるから、それもここに書いとく。
時候の挨拶などは得意ではなく、現状のみを述べさせていただきます。
まず、お礼をさせていただきたいと思います。
呪いについて。
私は死ぬことなく、今日も生き続けています。
それは想像もしていなかった世界でした。誕生日を迎えた後の日常など、絵空事にもならないと思っておりましたから。
母も喜んでおりました。
私が呪いで死ななくてよかった、と。
心からの感謝を申し上げます。
では……と、ここで手紙を終わらせたかったのですが。
実はもう一つお願いをしたく、手紙をしたためております。
面倒は申しません。
しかし十分な報酬も出せそうにないので、話を聞いて、可能であればお願いしたいというものです。
理由からご説明いたします。
私は今、恐怖のさなかにおります。
それは死の恐怖です。
死ななかったのに何故怯えるのか、と女中にも言われました。
違うのです。
私は、私がいつ死ぬか分からないのが恐ろしいのです。
これまでの人生は違いました。誕生日を迎えれば、数年前に私のへその緒が切れた時間になれば私は死ぬのだと、きっちり決まっていたのです。
今はそうではありません。今日死ぬかもしれないし、明日死ぬかもしれない。……死なないかもしれない。
毎日毎日、気が狂いそうになっています。
ああ、ああ! 自分がいつ死ぬかも分からないのに、どうして日常を過ごせるのでしょうか?
恐ろしくてたまらない。皆がこの恐怖の中を何年も、何十年も生き抜いているのが不思議でなりません。
どうしても、この恐怖に絶えられないのです。
この恐怖のあまり死んでしまうのか、死ぬことなく生き延びられるものなのか。
それすら分からない。
他人が生き延びているからと言って、私もそうだとは限らないでしょう?
他人が、七歳で死ぬ呪いを受けていないのと同じように。
誰か、誰か助けて!
泣いても伝わりません。
もう呪いは消えたのですよ、と周りの人間は笑います。
腫れ物扱いであった私は、呪いが消えてから急に普通の子供として扱われていました。
つまり、私がいくら恐怖に叫んでも、赤子がむずがっているのと同じに思われてしまうのです。
孤独な恐怖。
死んでいないことが死んでしまいそうなほど怖いだなんて、誰も信じてくれないのです。
最近は、部屋から出ることすら怖いのです。
転んだりして、打ち所が悪かったら死んでしまうかもしれません。
けれど、死にそうになりながら生き延びてしまうかもしれません。
分からない。何も分からない。
分からないのが怖いのです。自死したくとも、死んだことがないから、どうすれば確実に死ねるのか分からないのです。
だから、お願いがひとつあるのです。
貴方にしか頼めないことがあります。
ああ、どうか、
私を、殺して。
手紙、破って燃やしたよ。
俺最悪だなって思った。もう何しても最低で、最悪なんだなって。
だからそのあとどうなったのかとか、知らない。携帯誰にも教えないで番号変えて、引っ越して、もう祓い屋みたいなことやめて。
全部なかったことにした。なかったことにできてるのか、わかんないけど。
人の命とか呪いとか、他人がしゃしゃり出たって良いことないんだよ。
少なくとも俺はそう思った。
おしまい。読んでくれてありがと。
『神田ソウジのブログ』
一夜目 迷子
※虐待、いじめ等の描写があります。
「本音言うとこんなこと話してる場合じゃなくて、俺は一刻も早く奏多を探しに行かなきゃならないんです」
********************
というのも、話すと長くなるんですが……
その日、俺は珍しく体調を崩して寝てました。前の晩にシャワー浴びてそのままノートパソコンに落としたフリーゲームで遊んで、そのまま寝落ちて風邪をひいたんです。気付いた時は自分の家の畳の上に転がってて、既に熱が出てました。
その日はどうしても落とせない講義のコマだったんで友人に代返を頼んだんですけど、それが奏多でした。
奏多は見た目こそモサッとしたメガネくんな俺と正反対ですけど、低めに出した声が俺とそっくりなんですよ。それに気付いてからは互いの代弁し合ってます。ちなみに奏多が休んだ時は俺が高い声で返事してました。……すみません。
それから俺は連絡した安心感からぐっすり寝てしまったみたいで、起きた時にはもう夕方になってました。
奏多がゼリーとスポドリと風邪薬買って家まで来てくれた音で起きたんです。そう、この箱が風邪薬。
仲?いいですよ、割と。意外ですか?まあ、奏多が特別優しい奴だってだけかもしれないですね。そういやまだお金払ってないな、早く払わないとな。そうでしょ?
話が逸れましたね。
俺は眠ったおかげか、その頃には体もだいぶ楽になってました。けど、奏多が風邪はひきはじめが肝心だーとか言ってうるさかったんで、おとなしく薬を飲みました。だいぶ世話焼きだと思います、あいつは。
明日までにメールで送らなきゃいけないレポートがあったのを思い出して、めんどくさくなった俺は奏多にそれを頼みました。俺のパソコン勝手に触ってくれていいからそのまま送っておいてって。レポート自体は出来上がってたんで……
……今から思えば、あの時奏多にやらせるべきじゃありませんでした。未だに悔しくて悔しくて、どうにか時間を戻せないかとかずっと考えてます。
なのにその時の俺は呑気に寝転んでいて、ボーッと奏多の背中を見てたのを覚えてます。黒いセーターにジーンズ、その尻ポケットのステッチあたりを。
すると俺のパソコンを触っていた奏多が、かわいそうなぐらいギクッと体を強張らせたのが見えました。それからぶるぶる震えだすもんだから、そら何事かと思って起きるでしょう。正直なところ、さっきまで熱出してた俺よりよっぽど具合が悪そうでした。
どうして?なんでこれが、ここに。どうして?
そんなことをずっとブツブツ呟いて、大げさなほどに震えてました。
慌てて眼鏡をかけてパソコン見たら、そこには俺が体調を崩した原因のゲームが出てたんですよ。俺はウィンドウ画面を閉じずにスリープさせちゃったんですね。
奏多はそのゲームを見てオロオロしてたんですよ、その時点で俺が感じたのは「そんな馬鹿な」でした。
一応そのゲームは、まだ誰もクリアしたことない呪われたゲームってことでネット上でも話題になってたんです。けど、奏多の怯え方が尋常じゃないんでびっくりしたんですよね。
ホラーゲームってことで真っ暗な廊下を延々歩き続ける内容なんですけど、ウィンドウにはまさしくその廊下が映し出されてました。
逆に言うとそれだけ。顔を真っ青にするほど滅入るような画面じゃないんですよ。そんな怖いか?って絵面でした。
ゲットしてあったアイテム画像も不気味ではありましたね。向精神薬の薬とか、ダクトテープとか、学生証とか、犬のネームタグとか、他はなんだっけな。
奏多が震えるほど怖いものとは思えなかったんです。
でもホラーではあるしなと思って、俺は「怖かったらゲーム閉じていいよ」って言ったんです。まあ、苦手なやつは雰囲気だけでも嫌なんだろうなあとか思って。そしたら奏多は首をふって突然言いました。
「そのゲーム作ったの、僕なんだ」
って。
二度めの「そんな馬鹿な」でした。だって奏多はそもそも同じ文系で、ゲームだってアプリのソリティアで遊んでるところしか見たことがない。ゲームを作るイメージと繋がらないでしょ?
でも奏多は譲らないんです。それどころか、このゲームは本物の呪いのゲームで、クリアしたら奏多に呪われるとかなんとか。だからクリアしてはいけないとかなんとか。
そんなの咄嗟に信じられますか?俺は信じられました。
で、俺は少し考えて、ゲーム作る趣味がばれて恥ずかしいのかなって思いました。
だからゲーム作る趣味ぐらい変じゃないって。むしろすごいよ、特別な知識が必要だろうし時間もかかるだろ?って励まして、奏多の肩に手を置いたんです。手の下ではまだ奏多がぶるぶる震え続けてました。
ここで、俺は初めて事態の重さに気付きました。このゲーム、奏多にとっての地雷なんだって。
俺は奏多を落ち着かせて、ゆっくり話を聞きました。
なんでも、奏多には復讐したい相手が何人もいたそうです。
ほら、奏多って一浪してるでしょ。実はその一年間は……いじめのようなものに遭って病んだから、だそうなんです。
何もかも怖くなって信じられなくて、長い間外を歩けなかったそうです。そうなると出来ることなんて限られて、パソコンとスマホをいじるぐらいしかできなかったって言ってました。
ディスプレイって光ってるから、真っ暗な布団の中でも操作できるとか……引きつった笑顔で語るんですよ。俺、もうすごいしんどくて。自分の身に起きたことみたいに感じて。
俺はジワジワとやってきた怒りでカッと頭が熱くなりました。熱がぶり返したのかと思うほどでした。誰だ、優しいお前にそんな酷いことしたのは。優しさにつけ込んだ外道は誰だって思いました。俺がぶちのめしてやるって。
奏多の話は終わってませんでした。
病んで引きこもりになった奏多は布団の中で考えたそうです。人生を、心を、人格をめちゃくちゃにしてくれた連中に、布団に潜り込んだままで復讐できないかって。
ネットを通じて呪ってやるって思いついてからは早かったそうです。執念と憎しみだけで相手を呪うゲームを作って、完成させてからは接続経路を匿名にして、主犯格の連中だけにメールで送りつけたと。本来なら俺がプレイしているように、外に漏れるなんて有り得ないと嘆いていました。
本当にクリアした人間が出てこないのは当たり前だそうです。だってクリアしたら連れて行かれるから……暗くておそろしい場所に。
……え?ああ、肝心の呪いですか。
勿論その時は俺も半信半疑でしたよ。だって、そんなもの現実的じゃないでしょ。ただ、奏多が受けたいじめに関しては虚言じゃないと感じました。語る内容があまりにも生々しかったので。まあ、その時教えてくれた内容のエグさなんて氷山の一角だったって後からわかるんですけど。
その時に俺が考えてた仮説は、いじめで精神を病んでしまった奏多が、呪いのゲームを作ってしまったという妄想に取り憑かれたということです。
本当はゲームをクリアしたところで何も起こらず、呪いなんてものもない。普通のホラーゲームです。ただ、奏多は現実問題として、俺がゲームをクリアしたら呪われてしまうと本気で考えていた。問題点はここだと思いました。
だとしたら、俺に言えるのは「呪いなんて起きるはずがない」じゃなくて「呪いを解くためにはどうすればいいんだ」でした。
奏多から返ってきた答えは割と簡単で、今まで進んできた経路を逆行すること。出口を目指すんじゃなくて入り口を目指すことでした。
一応いわくつきのゲームなんで、出回った時点でどこぞの誰かがデータ解析ぐらいとっくにしてそうなんですけど、その割に攻略情報とかは全然出てないんですよね。ゲームとしては一本道を延々歩くだけなんで、必要ないと言えばそこまでですが。
ただ、そのことを奏多に言ってみたら、誰かに解析されるのも想定済みみたいでした。
データの中に、奏多が呪うほど憎んだ連中どもの個人情報が入ってるそうです。さすがにネットに拡散されることまでは考えてなかったみたいですけど、奏多が証拠を持ってるぞという威嚇になると思ったそうです。
その時の俺は、わざわざゲーム作って呪いかけるより、いじめの証拠を相手の通う大学にでも見せた方が効力あるんじゃないか?と思いました。……見せられない、見せたくない理由があるなんて思いつきもしませんでした。
とにかく奏多を安心させるために、俺はゲームを再開させました。
言われるままに画面を操作して、奏多の指示通りの操作をしました。俺が曲がりくねった道を歩くと、ノートを広げた奏多はトレースするみたいに線を描いていきました。
するとね、ちょうど迷路を上空から見た形になんのかな……魔法陣の形になってたんですよ。円の中に星とか図形とか描かれてる、ゲームとか漫画で悪魔が召喚されてるやつです。
ゾッとしました。そんな事、前の晩には全然気付きもしませんでしたから。
この時はじめて、このゲームを作ったのは本当に奏多なんだと信じることができました。まあ冷静になった今なら、実は奏多もこのゲームを知っててクリアしてたからって可能性も考えつきますけど。
でも、プレイを進めながらなぜか確信してたんです。俺が体調を崩したのはこのゲームのせいだって。
このゲームは自分を嬲り殺すための魔方陣を、自分で描かせるためだけに造られたものなんだって。
ゲームを再開してから、俺はどんどん気分が悪くなっていきました。頭がグラグラして、座ってるのに立ちくらみがして。倒れそうになった俺を奏多が支えてくれながら、進むべき道を誘導してくれました。俺の身に降りかかった呪いを跳ね返すには、他ならぬ俺がやらなきゃいけないんだと。
そのゲームに音楽は流れていないんです。その代わりなのか、苦しげな声や嘲笑うかのような声、あと悲鳴じみたものがくぐもった音声で流れ続けていました。
前の晩の俺はよくある不気味な演出だな、程度に聞き流してたんですけど、横で奏多が喋ってるとどうしても気付いてしまうんですよ。すすり泣きの音声と奏多の声が同じであることに。
いじめって言うから、無視するとか殴る蹴るとか金を巻き上げるとか、そういうものを想像してました。違ったんです。奏多が受けた仕打ちは、そんな生易しいものじゃなかった。男としてのプライドとか矜持をズタズタにする「捌け口」でした。
血の気が引きました。同時に、俺が察した事を奏多も気付いたんでしょう。
「……僕が証拠集めで録音していた声、だね」
不思議なことに、そこまで来ると音を消したくてもボリュームの操作が効かないんですよ。イヤホンジャックに何か刺そうにも、そういう時に限ってヘッドホンがどっかに行ってる。
俺はとにかく、この早くこの音声を止めないとと思いました。だって、横にいる奏多は俺以上に聞くのが辛いはずですから。
それにしても、どうしてこんな音声を入れたんだと問い詰めたくなりました。第三者である俺でさえ聞いてるだけで吐いてしまいそうになるのに。
この時、たまたま取った心理学の授業で習ったことを思い出してしまったんです。
事件や事故に巻き込まれた被害者は危機を感じた時に出る特別な脳内麻薬を再度感じたいがため、再び危ない場に身を投じることも珍しくないのだと。再現しようとしたんですかね。
俺は何もかもがやるせなくなって、呪えるものなら俺が奏多に乱暴した連中を呪ってやりたいと思いました。顔も名前も人数もわからないけど、それでも俺はたまに聞こえる嘲笑を憎まずにはいられなかったんです。頭が痛んで、視界がぐわんぐわんと揺れてました。
奏多が俺を支える手に力を込めました。
「君に聞かせる予定はなかったんだ、ごめんね」
それは、お前の声のことか。それとも暴行を加えた連中の不快なヤジか?聞き返す元気なんてあるわけありませんでした。
奏多の瞳は完全に死んでいて、半笑いの顔は真っ白でした。俺の目も同じように濁っていたことでしょう。
俺は声すら出せずに、震えそうな冷たい手でマウスとキーボードを操作し続けるしかできませんでした。
進んできた道を戻って、手に入れたアイテムを所定の位置に戻して。犬のネームタグ、学生証、ダクトテープ……まで返して、もしかしてこれが拘束に使われたのかななんて考えてしまいました。奏多がどんな思いでこのゲームを作ったのか、リプレイさせられている気分になりました。
そして不快で長い時間をかけて、俺はやっとスタート地点にまで戻りました。その頃には完全に熱がぶり返していて、吐く息がゼエゼエ鳴っていたのを覚えています。外は真っ暗になっていました。
喜べ、俺は呪われないぞ。
そう言おうと奏多の方を見てから、俺は悲鳴をあげそうになりました。いや、あげてたのかもしれないです。
奏多の身体のいたるところに黒いモヤがまとわりついていて、俺は咄嗟に「食われている!」と感じたのはしっかり覚えています。黒い何かが、この世のものでは説明できない何かが、奏多を食っている。
慌てて奏多を取り戻そうとして、手と頭を掴みました。少々乱暴だったけどそんなことも言ってられませんでしたから。
初めて触った奏多の髪は俺のと全然違って柔らかくて、頼りなくて泣きそうになりました。
俺が必死になってるのに、当の本人は呑気なものですよ。呪いってこんな見た目なのかーなんて呟いて。いやもっとモヤモヤに抵抗しろよと思ったんですけど、むしろ身を預けてるぐらいの勢いでした。
「君にさせたのは本来の呪いを逆さまにすること、言わば呪詛返しだからなあ。このまま僕は助からない気がするよ」
つまり、奏多は最初からこの結末を知った上で俺にゲームを逆走させたんです。自分の身を生贄にして、俺を助けるつもりだったんです。
なんて馬鹿なことを!と思ってとにかくモヤを振り払おうとしたんですが、その頃に俺はもうは平衡感覚すら掴めなくなってました。振り回した手が空を切り続けました。
食べたゼリーが喉から逆流して、俺は少し吐きました。
熱が上がったせいか、頭までがガンガン痛み出しました。でもそんな場合じゃないと思って、無理やりに手足を動かそうとしました。奏多を助けなきゃならんと思ったので。
ゼリー吐きながらもモヤを掻き消そうと動いてる俺を見てなのか、奏多は少しだけ驚いた顔をしてから笑いました。黒いモヤに顔を半分食われている状況に似合わない、びっくりするほど穏やかな顔で笑ってました。
「忘れるんだよ」
何を、と問い返す前に、奏多は完全に黒いモヤの中には飲み込まれて、俺の意識は落ちました。
目覚めた後、すっかり熱は引いて体は軽くなっていて、パソコンは電源がつかなくなってて、それから朝になってました。奏多もいなくなってました。俺が吐いたゼリーが、乾燥して残ってました。
一応壊れたパソコンは修理出して返ってきてんですけど、あのゲームをDLされた痕跡すらなくて。記憶を頼りに見つけたダウンロードURLも期限切れで……それを見て、なんていうか、この世から奏多の痕跡が消されたと思って、やっと俺は泣きました。
連絡取ろうとしても連絡帳から消されてて。そこまでするかって。俺にとって本当に理想の友人だったのに、なんでそんなに酷い去り方をするんだって。
ゼリーのカップと手付かずのスポドリと薬。あと袋とレシート。奏多がこの世にいた証拠ですから、俺には捨てられません。
********************
「奏多は俺の代わりに連れて行かれちまったんです。だから今度は俺が助けに行かなきゃ、探しに行かなきゃいけないんですよ。道理でしょう?」
そう語る田中の目はどこまでも暗く淀み、しかし眼鏡の奥でギラギラと輝いてまるで薬物中毒者のようだった。癖の強い髪を整えもせずに乱れさせ、研究室で熱弁を振るった。私は震えた。
カナタという生徒が代返した私の講義の出席カードはどう見ても田中の筆跡だし、私の記憶でもあの時田中はいた気がする。田中に言われたので見せはしたが、しかし本人は認めない。互いの筆跡を真似るぐらい仲が良かったのだと言い張っている。
もう一つ言わせてもらうと「カナタ」に該当する名前の男子生徒は受講者に見当たらないし、もっと言うと在籍していなかった。田中が狂ったように話し続けるカナタとの数々のエピソードも、誰一人として見たことがないようだ。
つまり最初からこの世に存在していないのだ、カナタなんて人間は。
私はおおよその話は終わったと判断して、ICレコーダーを切っている。田中は市販薬の空き箱を握りしめ、ずっと虚空を睨んでいた。
これから休学するであろう若い狂人を目の前に、私は願わずにはいられない。
この世界に本当に呪いのゲームとやらが存在して、私達の記憶ごとカナタという生徒を連れ去ってしまったのだと。
捏造された思い出と呼ぶにはあまりに色鮮やかで、語る田中自身の道しるべそのものだったのだから。
(とある教授のICレコーダーより)
兄を探しています。
兄を探しています。
私の兄は18歳の誕生日の夜に、友人と共に失踪しました。
兄の友人は何を考えているのかわからないような目付きをしている恐ろしい人でした。私は、彼が兄を唆したのだと思っています。兄は優しい人でしたから。兄は彼と付き合うようになってからオカルトに傾倒しだしました。
夜ごと怪しげな儀式を執り行い、どこから拾ってきたのかもわからないような怪談を語る兄を彼はずっと隣で見つめていました、背筋の凍るような笑顔を浮かべて……。
そうして私は、失踪した兄の行方を追う手がかりとして怪談を収集することにしたのです。
兄を探しています。どうか情報をお寄せください。