菊花夜話

兄を探しています。

十五夜目 遺書(赤瀬川久史)

※この文章はフィクションです。
こんにちは。これは遺書です。
私の名前は赤瀬川久史と言います。この遺書は、私をよく知る人たちにではなく、私のこと
をほとんど知らないであろう、ネット上の見知らぬ読者の皆さんに向けて書かれています。
とはいえ、ネット上の皆さんであれば、逆説的に私の名前を知っている方も多いのではない
かと思います。私、赤瀬川久史は、未解決事件となっている10年前のS県男子高校生失踪
事件の当事者です。事件にまつわる証言の食い違い、報道の奇妙な動き、怪文書、電話、な
どが相まって、日本の未解決事件の中ではよく知られている方であると思います。
私はその事件の当事者です。当時の私は若く、無鉄砲でしたから、あのような事件に発展し
たのも当然のことと言えるでしょう。ですが、ここにその詳細を書くことはできません。そ
のために私を赤瀬川久史でないと思う方が多くても、仕方のないことです。ですが、私は赤
瀬川久史で、10年前の事件の被害者なのです。
10年間私がどこで何をしていたのかについても、ここで書くことはできません。これは私
のことを世話してくれたいろいろのひとに迷惑がかかるためで、それだけは私はなんとして
も避けたいのです。ですが書けることとしては、私はあの日S県を出て、そのあとは東京の
某所で暮らしていました。10年間、ずっと。
冒頭で、これは遺書だと書きました。私はこれから殺されます。
私をこれから殺すのはZという十年来の友人で、私によくいろいろなことをしてくれまし
た。勘のいい方はお気づきかと思うのですが、Zは10年前のあの日、私を最後に見た同級
生Aと同一人物です。ですが、Zを責めないでください。Zの証言はすべて本当のことです。
Zは私が失踪した後、私が見つかるようにと街頭でちらしを配ったり、ネットの書き込みを
見たりと、私のことを自分なりに探そうとしてくれました。Zは本当にいい奴で、私の自慢
の親友です。
Zが私を殺す理由や方法は、ここに書くことはできません。
ですが、殺すというのは比喩です。法に触れる行為をするわけではありません。私はただ、
Zによって殺される、という今後の事実を記録するためにこの遺書を書いていますし、その
事実を知ってもらいたくてこの文章をネットにアップする予定です。
私はこの遺書を書いた後Zに殺されますが、怖くはありません。私はZに殺された後もZに会
うことができますし、Zも私を殺したからと言って、罪に問われることはないからです。私
もZも、今まで通りにいい親友でいられることでしょう。ただ、そのためにはZは私を殺さ
なくてはいけないのです。それは、絶対です。なぜなのかは、書けませんが。
皆さんがこの遺書を読んでどのように感じるのか、どんな反応をするかは、私には想像もつ
きません。ですが、ここまで読んでくださった方にはどうか、お願いいたします。Zの殺し
がうまくいくよう、そして、私とZがまた幸福な親友でいられるよう、願ってくださいませ
んか。そんなたいそうな方法でなくてもかまいません。ちょっとそう思ってくれるだけでい
いのです。それだけで私は幸せです。

どうか、よろしくお願いいたします。そしてこれを読んでくださった皆さんにも、良いこと
がありますように。
赤瀬川久史