菊花夜話

兄を探しています。

二夜目 『神田ソウジのブログ 5/16 02:11 「前職の話。」(パスワード限定公開)』

今回は映画でも音楽でもなくて、車でもなくて。
前職というか、前にやってた仕事?の話をしようと思う。
あんま楽しい話でもないから、パス分かった人も読まない方がいいかも。


俺は昔、祓い屋みたいなことしてた。
今はもうすっぱりやめたけど、別に事務所持ってたとかじゃなくて、クチコミで知った人から連絡が来たら行きます、みたいな。
副業みたいな感じだったけど、小遣い稼ぎくらいにはなってた。
呪われてるとか、幽霊がいるとか、そういうのをなんとかするのが仕事だった。
とか言っても、だいたいは呪いとかなくて、勘違いとかストレスとか、あとは人間だったりした。
幽霊よりストーカーの方が怖いよな。
そんなのをうまいこと言いくるめて解決するのがほとんどで、昔カウンセラー的なことしてたのもあって順調だった。
でも別にインチキだったわけじゃなくて。
前から本当に幽霊とか遠ざける体質? だったぽいんだよ。
心霊スポットとか行ってもなんともないし、そういうオカルト関係で体調崩したやつとかと一緒にいると、向こうもなんともなくなるんだよ。
だからインチキとかじゃなくて、たまにマジなやつがあったらそれもなんとかしてた。
なんとかって言っても、近くにいるだけなんだけど。
で、近くにいるだけじゃなんともならないのがあって。
学生時代にいた彼女もそんな感じになっちゃったことあって。でも最終的には治ったんだよ。
いろいろ試して分かったんだけど、なんか、近くにいてもどうにもならなかったらセックスすればいい、みたいな。
いや、仕事ではしてない。ほとんど。
よっぽどなんだよ、そうしなきゃいけない状況って。
だから、知人以外では見なくて、多分俺にたどり着く前にもう……死んじゃってたんだよな。

でも一回だけ、仕事で「よっぽど」があって。
それがすごい嫌な仕事で。
だから俺祓い屋やめたんだ。

で、本題なんだけど。
その最後の仕事、テープ残してて。
このままだといつまでも思い出しちゃうから、一回吐き出したい。
とりあえずテープを書き起こしておく。依頼人は山奥に住んでる金持ちで、息子が呪われてるからなんとかしてくれ、ってやつだった。

 

 

 ……ああ。
 いらっしゃいませ。
 どうぞ、そちらにお座りください。
 はい。
 私がその本人です。明日が誕生日の。間違いありません。
 え?
 そうですね。十一月十五日に詣でるのも、今年で最後になるでしょう。
 ……それまで私が生きていれば、です。
 平静? 死ぬにしては、落ち着きすぎているということですか?
 そうかもしれません。
 これまで私は、明日に、私の誕生日に死ぬことを疑ったことがないので。
 慌てるようなことではないでしょう。生まれたときから明日死ぬと、そう決まっていたのなら。
 ……そうではなく?
 大人びている、と?
 ……お褒めいただきありがとうございます。私は……自分がずいぶんと子供っぽいと、そう思っていたものですから。
 同年代?
 いませんね。大きいのに人の少ない屋敷ですから。
 子供っぽいのではなく、子供……。
 そうなのですか。そうかもしれませんね。
 学校に通うような事があれば、また言われるかもしれませんね。大人びていると。
 不思議な気持ちになります。他人から見た自分、というのは知っているような、知らないような、不思議な人物なのですね。
 ……ああ、申し訳ございません。
 本題をいたしましょう。

 ――明日死ぬ哀れな生き物を、できることならば救ってください。

 ――この屋敷で唯一、私の命を諦めていない母の、切実な願いです。

 


 はい。
 事の始まりから一つずつ、状況を説明いたしましょう。

 


 始まりは九年前だろうと、大人たちは言いました。
 この家はそれなりに大きく、由緒ある血筋だといいます。
 古くさい価値観も根付いていますが、権力がそれを許していました。
 成人した父には二人の女性があてがわれました。妻と妾です。
 はい。私は妾の子です。
 正妻は明るく人好きのする女性であったようですが、残念なことにいくら経っても子を為しませんでした。
 普通はどうなのか存じませんが、正妻より先に妾が子を産むべきではない、という暗黙の了解があったようですね。なので妾……私の母も、離れでひっそりと暮らしておりました。
 明るかった正妻は子を為せぬ焦燥感から体を崩しており、そして……とうとう死んでしまいました。
 それが九年前です。
 父は嘆き、悲しみました。妻を失った身としては当然のことでしょう。
 周りは少し焦り、人によっては少し喜びました。
 新しい妻を見繕うにしろ、妾を正妻にするにしろ、跡継ぎが望める、とそう思ったのでしょう。
 父は妾に跡継ぎを産ませることを決めました。
 これで丸く収まる、と周りの人間は思っておりました。
 父が何を考えているかも知らないままで。


 妾にこれまで以上に愛情を注ぎながら、父は一つのことを考えておりました。
 すなわち、亡くした妻にもう一度会いたいと、分不相応な事を望んでおりました。
 一目見るだけで良い。一言だけでも伝えたいのだ。
 彼女は最後まで、自己嫌悪と焦りに苛まれていた。
 けれど私は、子を産めなくとも彼女を愛していた。
 それだけを、最後に伝えておきたかった。
 ……だそうです。
 手遅れですよね? 生きているうちにたくさん伝えておければ、正妻の寿命も延びただろうに、と思います。
 愚かで分不相応な望みを抱いて父は、山の下の街へとふらふら出かけていくことが増えたそうです。
 怪しい書物を買いそろえたりしても、誰も父を訝しんだりはしませんでした。
 読み物として買っているのだ、と笑えば、妻の抜けた悲しみを書で埋めようとしているのだろうと、勝手に思い込んでいたのです。
 それだけ普段の父が冷静で、リアリストであったということかもしれません。
 ……そして、父は怪しげなものに手を出していきます。
 『それ』をなんと言えば良いのか、私にはさっぱり分からないのです。
 話をしてくれた大人たちにも、よく分かっていないようで。
 父は一年間探し続けて、必死に駆けずり回り、一人の美しい人間を見つけたそうです。
 男か女かも分からず、この世の者とは思えぬ、とても美しい者だったと。
 その姿をはっきりと見たことのある人物は少ないですが、見たことのある人間の誰もが皆、口をそろえてその美しさを語りました。
 父がその人物にずいぶん執心だったのを、周りの人間は勘違いしたのでしょう。
 新しい愛人を見つけたのだろう、と。
 であれば誰も気にもしないし、咎めもしません。
 けれどそうではありませんでした。
 彼、あるいは彼女は冥府の犬だったのです。
 彼岸と此岸をいたずらに繋がぬよう、死人と生者を遠ざけるのがその者の仕事なのだと。
 ……信じられませんか?
 そんなことはありませんよね。
 ……よかった。
 あとは大体分かるでしょう。そうして冥府の犬を手懐けて、父はもう一度己の妻に会おうとしていたのです。
 それはうまくいったと、父は語っておりました。
 けれどおそらく。父は恋人のように振る舞って犬を懐柔したのでしょう。
 妻と対面して喜ぶ父に、冥府の犬は怒り狂いました。
 自分が好きだったのではないのか、全ては偽りだったのか。
 冥界は、死後の裁判も行います。
 つまり、嘘は許されないのです。
 妻は腹いせで地の獄に落ちました。
 父には狂気の呪いを。
 それでもまだ、冥府の番犬を欺いた罪と怒りは消えません。
 はい。
 そのとき母は既に、私を身ごもっておりました。
 光からにじみ出すように冥府の犬は屋敷に現れ、父を蹴り転がして、母の前で優しい笑みを浮かべたそうです。母を指さして、
『大丈夫。お前は呪わない。けれどね、お前の腹にいるその子供は呪う。その子が七つになるその日、残酷に殺してあげるから』
 とても、美しく、優しい笑みで。
『父親のせいで無駄に生まれて生きて死ぬのだと、毎日その子に教えてあげなさい』
『その証を、子の腹に刻んでおいてあげるから』

 


 ……そうして十月と十日ほどが経って、私は無事に生まれました。
 ええ、無事に。
 証というのはこれです。
 はい。
 臍を中心として……入れ墨ではないですが。そのようなものです。
 他の人にはないものですし、医者にも分からないと言われております。
 ですのでこれが、きっと証なのだろうと。
 呪いらしいものと言えば、それだけです。
 病気もしませんし、怪我も痛いですがすぐに治ります。
 健康そのもの。
 けれど確かに呪いはあり、私は明日死にます。
 分かるのです。そういうふうにできていることが。
 思い込んでいると言えばそうですが……。
 ……実は証以外にも、そう思うに足る証拠があるのです。
 母には内緒にしていただけますか?
 ありがとうございます。
 私は一度、崖から身を投げたことがあるのです。
 ええ。
 怪我はしましたが、一週間程度で治りました。
 あそこから何回か人が落ちて、全員死んだと聞いたので。
 貴方もご覧になったでしょう。
 そう、それです。
 ……そうですよね?
 やはり、人が死ぬには十分な高さですよね?
 湿布と軟膏で問題なく治ったのです。
 尋常ではないですよね。
 だから私は、七つで死ぬために、その前には死ねないのだとそう思いました。
 母には言わないでくださいね、泣いてしまうので。
 ……え?
 そうです、狂気の呪いは父が。今は自室と離れ、あとは蔵におりますね。呻いたり、泣いたり、叫んだり、時折正気に戻って苦しんだり。
 母は何も呪われておりません。呪われた子を産んだのが呪いと言えば、そうですが。
 ただ単に、気を病んでしまっただけです。
 無理もないでしょう。自分の産んだ子が死ぬ日を知ってしまったのですから。
 なので母は父と同じように狂気と嘆きに満たされながら、私の延命法を探しておりました。
 けれどそれに効果があるかなんて分からないし、証は消えません。
 周りの人間まで狂ってしまいそうなほど、母は悲しんで、
 ……そうして、貴方に辿り着きました。
 呪いを祓うことができる、と。
 自称する人間は多かったですが、確かな証拠がある人間は貴方しかいなかったそうです。
 詳しいことは無理に聞こうとは思いません。
 報酬等の話は母とされているのですよね?
 ですので、私の呪いをどうにかしてほしいのです。
 ……気がすすまないでしょうか。
 顔色が悪いですよ。
 ……え? はい。
 貴方のお祓いの作法……というのですか?
 とにかくその、儀式のような物の手順について、私では問題があるのでしょうか?
 ……もちろん、話は聞いております。
 ええ。貴方とまじわることで、その力の恩恵が受けられるのだと。
 母も私も承知の上です。明日死ぬことに比べれば、なんだって。
 お嫌ですか? お膳立てはしてくれるそうなのですが。
 本当に、顔色が悪いですね。
 ご無理はなさらず。どうせ死ぬ身です。
 母が泣くから貴方を頼ったけれど、私は貴方に無理をさせるつもりはないのです。
 ……大丈夫ですか? 本当に?
 ええ、私の方は問題ありません。
 母が哀れで仕方が無いのです。どうか、どうか救ってあげたい。私が生きることで彼女が救われるのであれば。
 はい、はい、お願いいたします。
 ああ、どうか、
 私を、生かして。

 


最悪の仕事だった。
もともと楽しい仕事じゃなかったけど、本当に最悪。
ちゃんと腹の入れ墨みたいなのは消えたし、誕生日のあとも念のために見てたから呪いは消えてた。
でも、その少年の目が今でも忘れられない。
生きてる人間の目じゃなかった。真っ黒で、どこも見てないようなのにこっちをじっと見てる。
頭がおかしくなりそうだった。
呪いがどうこうとかじゃなくて、呪いが消えてもそれは分からなかった。
だから、家に帰ってもまだ、あの目が俺を見てるんじゃないかって。
そう怯えてたら、手紙が来て。
もうないけど、内容は控えてあるから、それもここに書いとく。

 


 時候の挨拶などは得意ではなく、現状のみを述べさせていただきます。
 まず、お礼をさせていただきたいと思います。
 呪いについて。
 私は死ぬことなく、今日も生き続けています。
 それは想像もしていなかった世界でした。誕生日を迎えた後の日常など、絵空事にもならないと思っておりましたから。
 母も喜んでおりました。
 私が呪いで死ななくてよかった、と。
 心からの感謝を申し上げます。
 では……と、ここで手紙を終わらせたかったのですが。
 実はもう一つお願いをしたく、手紙をしたためております。
 面倒は申しません。
 しかし十分な報酬も出せそうにないので、話を聞いて、可能であればお願いしたいというものです。
 理由からご説明いたします。
 私は今、恐怖のさなかにおります。
 それは死の恐怖です。
 死ななかったのに何故怯えるのか、と女中にも言われました。
 違うのです。
 私は、私がいつ死ぬか分からないのが恐ろしいのです。
 これまでの人生は違いました。誕生日を迎えれば、数年前に私のへその緒が切れた時間になれば私は死ぬのだと、きっちり決まっていたのです。
 今はそうではありません。今日死ぬかもしれないし、明日死ぬかもしれない。……死なないかもしれない。
 毎日毎日、気が狂いそうになっています。
 ああ、ああ! 自分がいつ死ぬかも分からないのに、どうして日常を過ごせるのでしょうか?
 恐ろしくてたまらない。皆がこの恐怖の中を何年も、何十年も生き抜いているのが不思議でなりません。
 どうしても、この恐怖に絶えられないのです。
 この恐怖のあまり死んでしまうのか、死ぬことなく生き延びられるものなのか。
 それすら分からない。
 他人が生き延びているからと言って、私もそうだとは限らないでしょう?
 他人が、七歳で死ぬ呪いを受けていないのと同じように。
 誰か、誰か助けて!
 泣いても伝わりません。
 もう呪いは消えたのですよ、と周りの人間は笑います。
 腫れ物扱いであった私は、呪いが消えてから急に普通の子供として扱われていました。
 つまり、私がいくら恐怖に叫んでも、赤子がむずがっているのと同じに思われてしまうのです。
 孤独な恐怖。
 死んでいないことが死んでしまいそうなほど怖いだなんて、誰も信じてくれないのです。
 最近は、部屋から出ることすら怖いのです。
 転んだりして、打ち所が悪かったら死んでしまうかもしれません。
 けれど、死にそうになりながら生き延びてしまうかもしれません。
 分からない。何も分からない。
 分からないのが怖いのです。自死したくとも、死んだことがないから、どうすれば確実に死ねるのか分からないのです。
 だから、お願いがひとつあるのです。
 貴方にしか頼めないことがあります。
 ああ、どうか、
 私を、殺して。


手紙、破って燃やしたよ。
俺最悪だなって思った。もう何しても最低で、最悪なんだなって。
だからそのあとどうなったのかとか、知らない。携帯誰にも教えないで番号変えて、引っ越して、もう祓い屋みたいなことやめて。
全部なかったことにした。なかったことにできてるのか、わかんないけど。
人の命とか呪いとか、他人がしゃしゃり出たって良いことないんだよ。
少なくとも俺はそう思った。
おしまい。読んでくれてありがと。

 

 『神田ソウジのブログ』