菊花夜話

兄を探しています。

九夜目 泥孕み

※グロテスクな描写、男体妊娠の描写があります。

 

転載元 【バカップル巻き込まれ修羅場 総合スレ part28】

・・・

592:巻き込まれ総合スレ[] 2012/05/25(土) 17:33:02 (以下レス番号省略)
オカ板に書き込もうか悩んだけど、こっちの方が合ってる気がしたのでカキコ失礼します。けっこう前の話だけど未だにモヤモヤしてるので発散も兼ねて。言ったとおりオカルトっぽい部分あるので注意して下さい。

私が高校生の時の話。当時通っていた女子校の通学路からちょっと外れたとこには30代くらい?の男の人2人でやってる骨董品屋さんがあって、なんか高そうなアンティーク系の鏡とか古びたランプとか色々売っていました。しかもその店員2人がけっこうイケメンだったから、生徒の間だとかなり有名なお店でした。
そのお店が、秋頃だったと思いますけど、今までそんなことなかったのに突然バイトの募集をしだしました。(お店の大きさは教室の半分くらいしかなかったから、従業員はなんなら1人でも十分なくらいでした)
当然同級生たちは2人の顔目的で食いつきまくって、私はそっちにはあんまり興味なかったんですが、時給がめちゃくちゃ良かったので(相場が分かってなかったのかな?)雰囲気に乗っかって友達と一緒に応募しました。
そしたらなんと15人くらいいた希望者(全員女子だった)の中から私が選ばれちゃったんですよ。当たり障りない面接をちょっとしただけで変わったことなんもやってないのに。面接落ちした他の女子に冗談交じりの恨み言も言われましたが、財布の助けになるなーラッキーくらいにしか思わず、次の休日からその骨董品屋のバイトに入ることになりました。

最初の方は特に問題なくバイトしていました。私の仕事は主に店の掃除とたまに接客を任されるくらいで、クラスメイトが冷やかしにくることはあったけどそれもだんだん少なくなっていって、特にトラブルもなかったし、お店の2人にも必要以上に干渉せずのんびりやっていました。話の都合上、この2人の男性のうち色白で(本当に不安になるくらい白かった)若干髪の長い店主さんの方をNさん、背が高くて無口な方をYさんとします。(特定怖いのでフェイク入れてます)
Nさんは誰にでも優しく、女性みたいな穏やかさのある不思議な人で、ある日なんかは竹細工の綺麗な櫛で髪をすいたりなんかしていました。(お察しかと思いますがこの櫛が後で重要なことになります)
Yさんは口数も少なく恐がられることも多かったみたいだけど、私の知る限り細かい気遣いのできるやさしい人だったと思います。(これも後々?がつきます)

で、事件の始まりはここからです。私がバイトを始めてから2週間くらい経ったある日、Nさんがレジの奥の方(レジの向こうは居住スペース?みたいになってたみたいです)のイスに座ってうたた寝をしてたことがありました。その時は客も来ていなかったので私はぼーっと掃き掃除をしていたんですが、突然Nさんが離れていても聞こえるくらい大きな呻き声を出し始めて、私はそっちの様子をのぞきに行きました。
見ればNさんは本当に苦しそうに呻いていたものの目覚めないままで、きっとひどい悪夢を見ているんだろうなと思いました。起こそうか迷ったんですけど、レジより奥にはあまり入らないで下さいと2人から言われていたこともあって、私はただ黙ってその様子を見てただけでした。Nさんは一向に起きる気配がないし、まあうなされてるのを見られるのも嫌かな、と思って掃除に戻ろうとしたんですが、目を離そうとした瞬間、Nさんの身体がイスごとがたっと動いたんです。
それが明らかに目覚めたって感じではなくて、なんというか誰かに殴られたみたいな感じの動き方でした。え!?と思ってそのまま見てたら、身体がよくわからない何かから逃れるみたいに身をよじってイスからずり落ちてくし、声も掠れて痛々しい感じになってくのに、Nさん全然起きないし。正直見てて不気味だったし、その日はYさんもどっかに行ってて頼る人がいなかったから、私が助けるしかない!と思ってNさんのところに駆け寄って必死に肩を揺さぶりました。

その時初めて気付いたんですけど、Nさんの首元にいくつも真新しい噛み跡があったんです。それだけじゃなくて、顔面とか鎖骨のあたりにたくさんアザもできてました。(多分服の下にも色々あったと思います)どっちもNさんがうたた寝するにはついてなかったから、どう考えても今さっき寝てる間に「何か」に襲われてついたとしか思えなくて、でも店内で他の人や動物の姿なんて見てないし、私はもう本当に怖くて半泣きになりながらNさんを起こそうとしました。そしたらNさんは案外あっさり目覚めて、私の顔を見てちょっと驚いた後、何事もなかったかのようにイスに座り直しました。(ちょっとだるそうだったかもしれない)
私は必死にさっき起きたことを説明して、急いで病院に行こうと行ったんですけど、Nさんは笑って全然取り合ってくれませんでした。「大丈夫だから、俺はいいから」と繰り返してばっかりで話にならないし、そうやって2人でもめてるうちにバイトが終わる時間になって、私はめちゃくちゃびびりながら帰らなきゃ行けない羽目になって、結局Nさんが見ていたであろう夢の内容も怖くて聞けずじまいでした。だってあの噛み跡、明らかに人間の歯型だったし。

翌日のバイトの時も、Nさんは特に変わらず平気な顔をしていました。強いて言うなら首まで隠れるセーターを着ていたけど、それはその日が寒かったからかもしれないです。顔のアザもおしろいか何かでうまく隠してるみたいで、よく見なきゃ気付かないくらいには目立たないようになってました。
私はNさんの目を盗んで、昨日あったことをこっそりYさんに相談しました。Yさんは私の話を聞くとものすごく顔をしかめて「Nに言っておく」とだけ答えました。できればこの手でNさんを寺か病院に連行したかったけど、変なイメージを持たれて折角の高額バイトを逃しても嫌だし、それは諦めてYさんに託すことにしました。

それから特におかしなことはなかったし、アザも噛み跡も完全に消えてるみたいだったので、(隠してる雰囲気じゃなく本当に解決したみたいだった)私はあの時の恐怖も忘れてバイトに勤しんでました。ただあの日から半月くらい経つとNさんがあまり店の方に出てこないようになって、たまに見かけた時もだるそうにしているか(微熱があるみたいだった)ものすごく眠そうにしているかのどちらかで、私はあの噛み跡がやっぱり何か絡んでいるんじゃないかと勝手に怯えてたけど、Yさんに聞いてみたら「よくある症状だ」と言われたので、何か持病でもあるのかな?とそれ以上深くは追及せずに黙ってました。

で、そんな状態が1ヶ月半くらい続いたあと、また怖いことが起きました。
その日は珍しくNさんが店に出てきてる日で、相変わらず朝からだるそうにしてお腹を押さえてたりして調子が悪そうだったんだけど、お昼過ぎくらいにとうとう店先で吐いちゃったんです。幸いお客さんは誰もいなくて、私は商品の陳列をやめてNさんを介抱しようとしたんですけど、どうも様子がおかしくて。なんというか、吐瀉物ってふつう黄色とかせいぜい茶色くらいの色をしてるのに、Nさんが吐いたそれはなぜかどす黒かったんです。
よく見たら、それは大量の泥でした。私はめちゃくちゃ驚いて、ひょっとして脅かそうとしてるのかなとか思ってNさんの顔を見たんですけど、確かにべちゃべちゃした黒い泥がNさんの口から溢れてきてたんですね。でもそれだけじゃなくて、こんなすごい気持ち悪い状況なのに、Nさんなぜか幸せそうに笑ってるんですよ。泥吐きながら。しかも笑って口の中が見えて、その気はないのに見えちゃったんですけど、Nさんの歯もこれまたどす黒くて。泥がついた黒さじゃなくて、お歯黒?したみたいな黒さだったんです。
状況がまったくわけわかんないし、Nさんずっと笑ってるし、もう本当に不気味で不気味で、今度は本気で泣きながらYさん!って叫んだんですよ。すぐに奥からYさんが駆けつけてきてくれて、固まっちゃってた私の代わりにNさんを介抱してくれたんですけど、「休ませるから」とか言ってまた2人して奥に引っ込んじゃって。店に私とNさんが吐いた泥だけ取り残されました。怖すぎて気付いてなかったけどその泥めちゃくちゃ臭いし、(生ごみみたいな臭いがした)汚いというより怖さの方が強くて全然手を付ける気になれませんでした。(とりあえず新聞紙で見た目だけ覆って終わりにした記憶が・・・)
私はもう本当にこれはただ事じゃないと思って、Yさんが奥から帰ってくるまでの間に、今度こそ絶対に絶対にNさんをお祓いに連れていくという決心を固めました。できればその日のうちに連行したかったんですけど、そんなすぐに駆け込めるお寺に心当たりもなかったし、その日はもう店じまいだから帰ってほしいとYさんにお願いされて私はしぶしぶ家に帰りました。

次の日、さすがにNさんはお店に出てきてなかったので、私は堂々とYさんに「Nさんをお寺に連れて行きましょう!」と言いました。Yさんは絶対に賛成してくれると思ってたんですけど、なぜか不思議そうな顔をして「なんでそんなことしなきゃいけないの」とか言い出して、私ははぁ!?と思ってめちゃくちゃ丁寧にNさんの身のまわりで起きたことがどれだけ異常かを力説しました。なのにYさんは平気そうな顔をして「自宅療養で十分だから」とかそんな内容のことを言って無理矢理話を終わらせたんです。
私は信じていたYさんに裏切られた気分でかなりショックでした。でもこの件について他に頼れる人もいないし、警察や病院に行ってもまさか信じてくれないだろうし、私には何の実害もないから1人でお寺に駆け込んだってしかたないし・・・
何度も骨董品店のバイトをやめようと思ったけど、このまま1人で逃げるのはNさんを見捨てるみたいですごく嫌だったし、あとお財布事情的にもかなり辛かったから、バイトは必要ないと言われるまでしばらく続けることに決めました。(繰り返すけど、私には何の実害もなかった)

月日は流れ、泥吐き事件から半年ほどが経ってもNさんは店の方に姿を現しませんでした。不安ではあったけどYさんに聞こうにも信用できないし、それにNさんがいなくなってからYさんはますます無口になったので単に聞きづらいということもありました。いつも寂れていたお店はますます静かになってお客さんも少なくなり、(Nさん目当ての客が減ったんだと思う)私はやっぱりバイトをやめたほうがいいんじゃないかと思ったりもしてました。

そんなある日、いつもの通り休日の朝に店に来ると、開店前にも関わらず誰かが店にやってきて、Yさんと何かを言い争っている様子が見えました。
私はとっさに店の脇に隠れてその口論に耳をすませました。Yさんの方は普段より若干低いぼそぼそした声で喋っているので何を言っているのかは聞き取れませんでしたが、もう1人のお客さん?の方は「約束が違う」とか「返してほしい」とかそういったことを必死に叫んでいるのがわかりました。私はそれがなんのことかさっぱり分からなかったけど、言い争いの途中でNさんの名前が出てきたのを聞いて、ひょっとしたらこの人はNさんについて何か知ってるんじゃないかと勘づきました。
15分ほど(私が来てから15分なので、実際はもっと長いこと口論していたと思う)そうして言い合ったあとお客さんはYさんに閉め出されたみたいで、怒ったように店から離れて行くのが見えました。私はそのあとをこっそりつけていって、骨董品店から十分離れたところでその人をつかまえて近くの商店街にある喫茶店に無理矢理引き込みました。

その男の人は(名前は知らないので仮にSさんと呼びます)最初わけがわからないといったように私を見てたけど、私が「あの骨董品屋のバイトです」と名乗ると、その次に言おうとしていたことを遮って大きな声で「櫛に触りましたか!?」と叫びました。
私はそれがなんのことか分からなかったけど、触るという言葉で、Nさんがまだ健康だった頃によく使っていた櫛のことを思い出しました。以下会話です。(うろ覚え・フェイクあり)
私「Nさんが使ってた櫛ですか?」
S「たぶんそれです。写真はないですが、色褪せた竹でできた複雑な細工の・・・」
私「それなら昔触ろうとしたんですけど、Nさんに『女性は触っちゃ駄目だよ』って言われて、触ってないです」
S「そうですか、ああ、よかった・・・」
私「あの、Nさんがおかしいのって、その櫛のせいですか」
って言ったら、Sさんの顔色がすごく悪くなって「詳しく聞かせて下さい」って言ってきたから、私はとりあえず半年くらい前に起きた噛み跡事件のことを話しました。そしたら、
S「ああ、そうですか、男性でもやっぱり・・・」
私「私、本当にNさんが心配なんです。何か知っていることがあれば聞かせて下さい」
S「・・・本当は、女の子に話すようなことじゃないんだけど・・・でも、君は当事者ですし、分かりました。教えましょう」
そうして、私は半年越しにやっとNさんの身に起こっていたことを知りました。

S「私はNさんと同業者で、つまり骨董品屋を営んでいるんですが、そんな商売をしていると商品の中に曰く付きの品なんてものが紛れ込んでくることがあるんです。そんなことは本当に希なんですが、でも今回はその希なケースが当たってしまって。あの櫛はですね、元はと言えば、ある土地神さまがある女性に贈ったものだとされているんです」
私「え、そういうのって普通指輪じゃないんですか?それに神様の贈り物なら良いものなんじゃ・・・」
S「昔の日本に結婚指輪を贈る習慣はなかったんです。・・・それで、この櫛を贈られた女性は大層喜んだんですが、その夜から毎日毎日、寝る度にある奇妙な夢をみるようになったんです」
私「どんな夢ですか?」
S「・・・若い男に、ひどい暴力と辱めを受ける夢です」

Sさんは女子高生相手にかなり言葉を選んでくれましたが、その意味がわからないほど子供でもありませんでした。また理解してしまったのはそれだけじゃなく、半年前のあの日、Nさんがどんな夢を見てあれほどにうなされていたのか、またあの時ついた噛み跡やアザはなんだったのかを知って、私はものすごい吐き気に襲われました。

S「奇縁あってこの櫛を手に入れましたが、やはり不気味ですぐに手放したくなり、そこに丁度同業者のYさんが譲って欲しいというので、決して女性の手に渡さないという制約つきでお譲りしました。色々な人の手を渡ってきたようですが、これまで一度も男性に作用するという話は聞いたことがなかったので、大丈夫だと思ってたんですけど・・・」
私「・・・え、でも、それだけですか?」
S「それだけって、男性にはかなりの屈辱だと思いますよ」
私「いやそうでしょうけど、そうじゃなくて、なんか他に症状とかないんですか?泥吐くとか・・・」

そんな夢を見てNさんは苦しかっただろうと心配になったけど、Sさんの話だけだと泥吐き事件とか歯が黒かったりしたことに説明がつかないと、私は不思議に思いました。私の言葉を聞いたSさんも同じように不思議そうにしていたので、噛み跡事件の事だけではなく、私は改めて洗いざらいNさんの身に起きたことを話しました。店先で泥を吐いたことや歯が黒かったこと、笑っていたことだけでなく、しばらく体調を崩していたことやお腹をよく押さえていたことなど些細なことも含めて。Sさんはそれを聞いてうつむきながらしばらく考え込んでいましたが、はっとしたように顔を上げると、今までも悪かった顔色を比べものにならないくらい真っ青にしながら、

S「・・・あの、私さん、毎夜犯され続けたら、普通どうなるとおもいますか」
私「え?そりゃ妊娠すると・・・え??いや嘘ですよね!?」
S「でも、今まで櫛を所有してきた女性はみんな・・・」
私「でもNさん男ですよ!!!!」
S「私もそう思って言わなかったんですよ!!!でも、さっき言ってたことって、全部妊娠の初期症状じゃないですか」

私はその時本当に、本当にぞっとしました。私は高校が女子校だったこともあって、そういったことについては家庭科の先生が特別丁寧に教えてくれたけど、確かに微熱もだるさも腹痛も嘔吐も、全部妊娠の症状としてあげられることでした。

S「歯が黒かったのは、たぶん、お歯黒かと・・・昔の日本の風習で、婚姻の証です」
私「・・・Nさん、神様の子を、孕んでるんですか」
S「でもそうだったら泥なんて吐きますか?・・・土地神さまが信仰されなくなって、忘れ去られて、もっと悪いものになってたとしたら・・・」
私「あの、今まで櫛を持ってた女の人たちは産んだんですか?」
S「みな産むまでもなく衰弱して死んでいったそうですが、女性より体力のある男性ならどうなるかは・・・」
私「じゃあ中絶はできないんですか!?」

母胎に危険の及ばない範囲で中絶ができるのは、一般に妊娠22週目程度までとされていることを、私は授業で習って知っていました。震える手で指折り数えると、一連の事件が始まってからは、もう半年近くが過ぎていました。
私は脱力して喫茶店の机に突っ伏し、嘆くSさんをよそに、NさんとYさんのことについて考えました。あの櫛は、たぶんYさんが贈ったものだと思います。私は最初Nさんのことをとても可哀想に思っていたけど、やがてあの店で泥を吐いたときのNさんの幸せそうな笑みを思い出して、ますます身体から力が抜けていきました。なんというか、すごく救いようのない人たちだ、と感じました。もし中絶できる期間内だったとしても(人間の法則が当てはめられるかは知らない)きっと彼らはそれを選ばなかっただろうと思うと、そのことが本当に、本当に哀れでした。

後味が悪くて申し訳ないですけど、話は以上です。オチらしいオチもありません。後日談というか、私はSさんと別れた後流石にバイトにも行かなくなって、同級生たちの噂で骨董品店が潰れたことを知り、とうとう卒業して地元を離れるまであの2人の姿を目にすることはありませんでした。生きているのか死んでいるのか、産んだのか産まれなかったのかもわかりません。まあ散々迷惑はかけられましたが、私はあの2人がどこかで幸せになっていればいいなと思います。長文失礼しました。

 

転載元:【隣人・カップル巻き込まれ修羅場総合スレ】

八夜目 おかえる様

ヘテロラブ描写、未成年を対象とした軽度な性描写があります。
 
 こんにちわ 僕はF市に住むものです。4月に中学1年生になります。本当はこの話はしちゃダメって言われたんだけど、だれかに言っとかないとおじいちゃんのことを忘れてしまいそうな気がするので投稿します。
 2か月ぐらい前におじいちゃんが首を吊って死んでしまいました。でも僕のおじいちゃんではありません。町はずれの古い屋敷に1人で暮らしてたおじいちゃんです。僕は学区から少しはずれたところに住んでいるので遊ぶ友達がいなかったから、かわりにおじいちゃんに遊んでもらっていました。おじいちゃんは足が動きにくいらしくて、あまり運動はできなかったけどおじいちゃんから色んな話を聞いたりおじいちゃんちの庭で遊んだりするのは楽しかったです。おじいちゃんも「自分にはこどもがいなかったから自分の孫のように思えてかわいい」と僕のことをかわいがってくれていました。
 だからこそ、なぜ死んでしまったのかわからなかったし、とても悲しかったです。お葬式ではたくさん泣きました。僕が1番泣いていたと思います。でもおじいちゃんの親せきと言っていた人たちは全然泣いてなかったです。そもそも、おじいちゃんは生きていたころ親せきを家に呼んだり、おじいちゃんが出かけたりすることがなかったので、本当に親せきなのか僕は不安になりました。僕が1番おじいちゃんと仲よしでいたと思っているからです。
 僕はゆうきを出して親せきの人に話しかけました。眼鏡をかけた男の人で、お父さんと同じぐらいの年れいの人でした。その男の人は僕がおじいちゃんと仲よしでいたことを知ったとき、すごくこわい顔になり「何かわたされなかったか」と聞いてきました。僕はこわかったし、本当に何もわたされていなかったので「もらってません。」と言いました。それから男の人はどこかに行ってしまいました。あの人はもしかしたらむりやりおじいちゃんの家に入りこみ何かを探しに来るかもしれないと思いました。僕にはあの男の人が本当の親せきなのか不安なのもあったし、僕とおじいちゃんが大好きだった家を荒らされてしまうのは嫌だったのでそれはやめてほしいなと思いました。
 でも、わたされてはいなかったですが、ぼくがおじいちゃんの死んでいるところを初めて見つけた時、1個の手紙を持ち帰っていました。はじめはこわくてにげだそうとしてたのですが、こわくて足が動かなくて、そうしているうちに死んでいるおじいちゃんの足元に手紙があるのを見つけ、「きっと、僕に書いてくれたんだ。」と思いました。でも、僕あてではありませんでした。だれあてでもありませんでした。全部は難しかったのでどういうことかわからなかったのだけど、親や学校に見せるべきじゃないとも思ったのでここでだれかが見て、おじいちゃんがこの手紙を出したかった人に届けばいいなと思います。
 
 今から手紙の内容になります。地名とかだけかくしてますが、それ以外はそのまま写してるので難しいかもしれないですが、おねがいします。

 
 「
 
     お許しください
                  どうか、お許しください。
    
 今生において、決してこのことを口にすることはなく、躯と共に墓に埋めようと思っていました。しかしどうか、 どうかこの紙面にて、私の愚かな告白をさせてください。
 このような真似を快く思ってくださる人はきっといないでしょう。九十幾年の人生において二番目の愚陋をどうか、許してください。
 
        ごめんなさい
   
    私は七十三年前、家族を殺しました。
   
 
 
 九十年前■■の■■村で私は次男として産まれました。兄がいました。双子の兄でした。兄は幸男、私は和男なので「ユキチャン」「カズチャン」と当時は呼ばれ可愛がられておりました。戦争前なのもあり子供が産まれることは村にとって大層喜ばれたそうで、村の人々も家族のようにいつも温かく接してくださっていたのを覚えております。兄と私は双子の言う通り顔も体も瓜二つで、当に同じ人間が二人在るようでありました。同じものを好き、同じ衣類を纏い、同じ時を過ごしておりました。私は兄のことが家族で一番好きでした。兄もまた同様に私のことを好いてくれていました。私たちを産んだ母親や父親よりも、という自負が互いにありました。無論家族を愛しておりましたが、世界で私と兄の二人しかいないというだけで兄は私にとって特別な存在でした。どちらが秀で、どちらが劣るということもなく、ただ同じものが二人在ると言うことが私にとって心地よかったのです。
 高等小学に入れてもらった頃から私と兄は度々人には言えない、まるで男女の恋人同士がするようなことをしておりました。元々二人きりでいることが多かったのですが、成長につれ好奇心のまま、互いに唇をあわせてみたり、抱き合ったりして恋人の真似事をするようになりました。大人になったようなからかいが私たちの日常の一部となっておりました。
 その頃から戦争が日本でも激化し出しておりました。空襲は夜毎に増しその度サイレンがけたたましく鳴る夜を家族と過ごしました。同じ頃私と兄の違いが1つだけ生まれておりました。私の足は年をとるにつれて動きにくくなってきており、昼間は農作業も周りから助けてもらいながらやる始末でした。ですがそのお陰で私は「きっと兵隊さんはのろまな私を戦地には連れて行かれないだろう」と思っておりました。高をくくっていたのです。それは兄と離れたくない願いからでもありました。兄が戦いに出てしまったらどうしようと思いもしましたが、その度に兄は「その時は僕も足が悪いふりをしてやろう。きっと兵隊さんたちはどちらがどちらかわかりやしないからね。」と言って私を励ましてくれておりました。私はその言葉に大層喜びましたが、兄に気をつかわせてしまう私の両足が憎くも愛しくもありました。何より、兄と私が別のものになってしまうということが恐ろしく、このまま大人になってしまうならこの戦争で兄と死んでしまった方がいいと思っておりました。
 戦争はある日終わってしまいました。十六の時でした。村も人も小さくなってしまっておりましたが、幸い家族は皆生き残っておりました。私も兄も、生き残っておりました。陛下の玉音放送から数週間ほど経ってから父は箱になって帰ってきました。父は私と兄をいつも心配してくださっていた優しい人でした。当時そんな父を周りは女々しいいくじなしと言っておりましたが母はそこに惹かれていたようで、その日を境に母は気を病んでしまいました。戦時中は足、戦後は母を言い訳に私たちはいよいよ村から出ない生活を選びました。
 しかし十六ともなりますと、もう私たちはもう嫁を貰わなければならない年となっておりました。私と兄しかおりませんので少なくともどちらかが好い人を見つけ、家族を作らなければなりませんでした。母のこともありますし私たちもそういった心配も多分にありましたが、二人でいた時間があまりにも長く閉鎖的であったからそのようなことに気を配るのはどうにも苦手でした。村の人たちも見合いの話を持ちかけてくださっておりましたがあまり気が乗らないのは兄も一緒でした。ですが二人ともこのままではならないと自覚もしておりました。何か現状を好転できるようなきっかけを模索しておりました。
 次の年の秋でした。村は戦後初めての秋祭りを行えるまでには復興しておりました。そして祭りに併せ、私と見合い相手の祝儀も行われました。見合い相手はサチと申しました。年は私より二つ上で東京から疎開したまま村に定住していた娘でした。結婚を決めたのは私自身でした。足が善くなることはなく、村から出れないだろうと察していたのです。皆が祝いの言葉を送ってくださる中、兄だけは最後まで私の結婚を快くは思ってくださいませんでした。「こうしたら仮に兄が村を出たくなったとしても兄を縛るものはないだろう。兄とずっと一緒にいたいが、負担になってしまうのは私にとって快いことではない。」と思っておりましたので、兄もまた私と同じように私のことを思ってくださっていたことを嬉しく思いました。兄は祝儀には顔を出さず、その夜泥酔した状態で帰ってこられました。兄はどうやら、村から出る気はなかったようでした。
 サチが兄のことを気にかけだしたのはそれから間もない頃でした。ある日「幸男さんの様子がおかしくないかしら。」と私に言ってきたのです。兄におかしいところなんてあるはずないと思っておりましたのでそんなことはないだろうと思いつつも、兄を私のいる寝室に呼ぶと、兄はいつものように私に笑いかけながら「なんともないよ」と言ってくださいました。そう仰る兄の姿は決して何か隠しているためのものではありませんでした。兄と同じ私がそう思うのですからきっと違いないと思いきっておりました。母は肺と腸を悪くし、常に床で一日を過ごすまでとなっておりました。
 私とサチには子どもができませんでした。私が子どもをつくりたがっていなかったのもありますが、まるで神様がそうしているように感じられました。サチは村の「おかえる様」のところに数度お参りにも行きました。おかえる様とは村で祀られた蛙の見目をされた神様で、豊作や子孫繁栄の象徴とされておりました。村の祭りも豊作祈願を込めたもので多くの農作物をおかえる様に備えておりました。兄はそのことにも不満を持たれているようでした。サチがお参りの際にうちで出来た米を持っていこうとすると「おかえる様に備えるより自分たちで食べた方がいいに決まっている。ただでさえ決して裕福というわけでもないのに、お前がちゃんと食べなければ元気な子も産まれないし、乳だって出やしないんだぞ。」と仰っておりました。サチには耳が痛かったようですが今思ってみると彼女は外から来た身でもあり、おかえる様の信仰をないがしろにして他の村人からよく思われなくなるのも彼女自身や家族によくないと思ってくれていたのだと思います。そのようにサチが気を配ってはいたものの兄とサチはあまり仲がよくありませんでした。私は口を出そうにも足の動かない出来損ないでしたし、兄もサチも家族として愛しておりましたのでどちらかの味方をしたりはしませんでした。しかしそれでも兄はやはり私にとって特別でした。兄と私は年のわりに若く見られておりましたが兄は特に少年のままかと思うような美しい顔をされておりました。私と兄に違いが生じてくるのは実際恐怖でもありました。どちらでいるのか、わかりはしませんでした。しかし私も足を悪くし結婚まで身勝手にしたものですので、ただ兄が村に居続けてくださることだけでも私にとっては幸せなことでした。
 初冬のある日、兄は私に言ってきました。「子どもがほしくないか」と。その言葉の意味がその時はわかりませんでした。どこかに貰い子のつてがあるとも思えませんでしたし、兄に外からの人間とそのような関わりがある可能性も低いと思っておりました。どういうことか訊いてみると「おかえる様がくださるよ。やっぱりあんなソトモノにはこたえてくださらないんだ。」と答えられるだけでした。私はその時初めて兄に違和感を覚えました。兄は常に現実的な考え方をされ、しきたりに背くことはなくても異常な執着心や没頭があるような人ではないことを私が一番知っておりましたから。それ以上に直感的に、兄の異変を感じました。何かよくないのではないかと思いはじめは断ろうとしていたのですが兄は既に手筈が整っていると言い、聞く耳を持ってはくださいませんでした。これは何かおかしいという疑心が確信に変わり、私はサチに相談しました。すると同じような話を私の母からされたと言いました。元凶は母だったのです。毎朝顔を見に行く程度しか同じ家でも会わないようになっておりましたので母に問い詰めようとしました。改めて会う母はかつての若さどころか、快活な性格さえも失ってしまっておりました。年以上に老け髪は白く、まるで童話に出る山姥そのものと思わせるほど変わり果てていました。話しかけてもか細い声で支離滅裂なことを言うだけで、このような状況の母をサチは嫌味も言わずに世話していたのを私は初めて知りました。母は気が違っていたのです。結局母から兄や、兄の仰られていたことについて聞き出すことはできませんでした。当時兄は稼ぎに行くと言い朝早く家を出、夜遅くに帰るという生活をされており一日中家にいる私は夜まで兄と会えませんでした。食事にも顔を出さなくなっておりましたので、兄が倒れてしまうんじゃないかと心配していた時の唐突な誘いでしたので、より兄のことを考えてしまうようになりました。その日の夜、帰ってきた兄を見て私は驚きました。兄の腹が朝とは比べ物にならないほどに膨れ上がっておられたのです。ぞっとしました。子どもの意味をその時やっと察しました。「おかえる様はやはりすごいんだ。普通男は子どもができないが、おかえる様にお力を借りればこれぐらいどうってことないんだ。」と兄は幸せそうに笑っておりました。私は兄が喜んでいる姿に嬉しくなっていいのか、わかりませんでした。ただ止めることもできませんでした。
 その日のうちにサチは気を失いそのまま寝込んでしまいました。兄は私の寝室で椅子に座り私と兄が好きだった宮沢賢治を読んでおりました。
「この腹の中にはね、おかえる様の子どもがいるんだよ。おかえる様は子どもを授けてくれる神様というのは和男も知っていたね。あれは本当のことだったんだ。でもおかえる様は外から来たものには子どもは与えてくださらない。村で生まれたものじゃないとおかえる様の輪から外れてしまうんだね。僕らは産まれた時からおかえる様の子どもとして産まれ、死ねばおかえる様に帰るんだよ。どうしてそんなふうになるのかは母さんは教えてくれなかったけどね。でもそうして僕はおかえる様の恩恵を賜ることでこうしておかえる様の子どもを授かることができたのさ。僕と和男は今でも同じ、そう和男も思っているだろう?」
何も答えられない。私は口を開けることができませんでした。私の信じて愛していた兄は、気付かぬ間に兄ではない何かになってしまっておりました。兄が私に笑いかけるのが余計に精神をむしばみ、体調にもあらわれてきておりました。吐き気がしておりました。そんな私の様子を見て兄は喜んでいたようにすら思えました。
「和男、あんなよそ者と交わってはいけないよ。形式として夫婦を装うのはかまわないが、村の秩序を守るためでもあるんだ。父さん、あの男が戦死したのもそういう運命だったのさ。あの男も母さんの婿養子でソトモノだったっていうじゃないか。僕と和男も昔は二人きりでいたんだ。昔みたいにこの村に居続けることだってできる。何も不満なんてない。和男もそうだろう。」
兄は私を見てはいても、目は私を向いてはいませんでした。もしかしたら目が見えていなかったのかもしれません。それでも私はなお兄のことが好きでした。変わり果てて狂ってしまった兄を責める気にはなれませんでした。すべて私の身勝手のせいであり、私が兄を咎めるような資格はありませんでした。どれだけ狂ってしまっても兄は私の姿をした、私の神様だったのです。だからこそ兄にはこれ以上このままでいさせてはいけないと思うことが、私にできる最大の策だったと思います。私はうごかぬ足を無理矢理動かし、兄に詰め寄りました。「幸男はそれを望んでいるの」「勿論。和男のためだもの。」
最後まで兄は私のことを思ってくださっておりました。兄はそう言うと急に蹲り自身の腹を抱えました。足から水が垂れていることに気付き仰向けにさせると兄はみるみるうちに醜く、まるで蛙のような魚のような顔に変わっていきました。声も人が出すような声ではなくしゃがれた、聞くだけでおぞましい声を出しておりました。私は兄が兄じゃなくなってしまうのが悲しくてどうにか兄を止めたくなりました。結果、私は兄の首を絞めたのです。絞めにくかったのは皮膚がぬるぬるとしていたのもありますが、兄を殺さなければならないことを信じたくなく、殺すに殺せないようでありました。信じたくありませんでした。ですがその時はそれしかないと思っていたのです。兄は抵抗することはなく、最後まで笑っておりました。そして笑い声が消えた時、兄は死にました。
 兄の死体から離れる時一瞬だけ、しゃんと立ちあがることができました。そして跨っていたほうと反対の方を見ると兄の腹には臍がなく、足の付け根からは無数の、蛙の卵が水と一緒にありました。昔からよく沼や池で見たことがあったので蛙、それも殿様蛙のような卵であるとわかりました。私は驚いて腰を抜かしてしまい、以降再び足は動かなくなってしまいました。
 夜が明けてから村人と目覚めたサチを呼び、事情を説明しました。兄を私が殺したとも言いました。村人たちは大層驚いておりましたが、「心配することはない。幸男がそう言っていたのなら、幸男もまたおかえる様に帰っていくだけだし、和男が気に病むことではない。お前たちは仲が良かったから傷ついているだろうが、幸男は次のおかえる様になられたのだから安心するんだよ。」と言っておりました。私はまた絶望しました。村のしきたりに従えば兄を殺す私の選択は兄を解放するためのものではなかったのだと理解しました。
 きけば村で生まれる子は皆おかえる様が与える川の水で成長するためおかえる様の子どもであると言えるらしく、村人は死んだらおかえる様の川に流しおかえる様に返すという一連の流れのもと生活するという暗黙の了解があるようで、私も兄も幼少期それを教えられる機会がなかったため知らずにいたのだと言う。足が動かない私の代わりに兄は母から外から来たサチとの子を授かることなく子どもを作る方法を教えられており、そうしておかえる様に頼むことにされたようでした。自身の残りの命をおかえる様に渡す代わりに後から来るはず、つまりやがて死ぬはずの村人の命を兄に宿らせたらしい。おかえる様に選ばれた村人は段々おかえる様に近づいていくため臍がなくなったり、蛙のような顔つきや声になっていくのだと言いました。馬鹿馬鹿しい話だった。夜の兄の姿を見ていなければ私は決して信用することはなかったでしょう。そんな幻のような話を兄に信じ込ませてしまったことを悔やみました。やはり私は兄を一人にさせてはいけなかったのだと自分を恨みました。母親は朝になって見ると布団の中で骨だけのように乾いたミイラのような状態で発見されました。
 死体となった母と兄をそれでも見捨てることはできず、私はサチと二人の墓を作ろうとしました。母の方は謄本など戦時中焼けてしまったものが多く整理するのも然程難しくはありませんでした。兄と私の分は探してみたところ物置に綺麗に保管されておりました。きっと父が保管してくれていたのだと思います。しかしその時また奇妙なことに気付きました。私の臍の尾はあっても、兄のはなかったのです。双子でも臍の尾が一人一個あるのは同じなはずであり、私のがあるなら兄のがないはずありません。記録も生後すぐを記していましたし、今までの間でなくしたならともかく、兄のを入れていたような箱すら見当たりませんでした。誰かが盗んだ可能性もありましたが、外部の人間が他人の臍の尾を盗むことはまずないでしょう。村人も見当がつくものはいませんでした。様々な可能性を考えていた中、サチが父の日記を見つけたのです。と言っても十ヶ月分しかなく、どうやら母が身ごもった頃から書き始めたもののようでした。簡単にその日の母の状況や産まれてくる私たちのことを綴っていました。そして先ほどの違和感の正体をその日記の最終日が記していました。

四月一日 ツイニ生マレル 男一人 待チ望ンダ長男デアル 和男ト名ヅケル

 サチも驚いていた。私は驚くというよりも、ただ茫然とするしかありませんでした。もし父の日記と臍の尾のことが正しいのであれば、この家には私しか産まれて来なかったことになるではないですか。私は物覚えあるころから兄と一緒でした。兄とは顔も体も考え方も一緒でした。あんなに私と似ていた兄が貰い子であるわけがありません。村のしきたりを知った当時からしても外から身寄りのない子などをそう簡単に母が引き取ったりはしなかったでしょう。兄は間違いなく私の兄です。私は兄のことが大好きで、
兄も私のことを大切にしてくれて、

兄は私の神様だったのですから。

 

 

 サチとはその春に離縁し彼女の故郷に帰しました。決してこの村と私のことを秘密にすると約束をさせ。私も母と兄の骨を父と共に墓に埋めたあと、しばらく村に残り、兄のことを調べようとしました。しかし結局はっきりとしたものは見つかりませんでした。最終的に私自身村を去る決心をした頃には私は五十になっておりました。村で一番若いのが私でしたので村人たちは私を引き留めましたが、兄との思い出が多すぎるあの村にこれ以上いることはできないと思ったのです。兄が何者であったのかは今でもわかりません。本当に神様だったのかもしれません。兄は今でもあの村でおかえる様でいるのかもしれません。しかし私が大好きだった兄を殺したことに変わりはありません。村中が兄の死をなかったことにしようとも私だけは兄を私が殺したことを背負わなければならないと思っておりました。今まで生きたのは、その罪滅ぼしのつもりもありました。それで兄や誰かが許してくれるとは思いませんでしたが、死のうとも思えませんでした。
 今の屋敷に住むようになって十年になりました。未だ私のことを探す村の人間から逃れるため各地を転々としておりましたがここに長居することができたのは幸せでした。小さな男の子とも友達になることができ、兄を殺し生き残った分際で烏滸がましくもありますが、幸せな人生でした。
 私は村から逃げた一端として、あの馬鹿げた信仰を終わらすためにも自分の人生は自分で閉じなければなりません。先日「幸男」を探している者がいるという噂を耳にしました。それまではずっと和男を探していた村人の情報しか入ってきませんでしたが、どうやら七十三年の歳月の末やっと本当のことに気付いた輩がいるようですので、見つかる前にこの世から去ろうと思います。

これが私の人生の全てです。
どうか愚かな私をお許しください。

P.S. 弟へ
貴方の足はもう立派に水を駆ける足であること、兄は大変嬉しく思います。

                               あなたの兄より

 


 

「【閲覧注意】ありえないようなオカルト話まとめ4」より抜粋

七夜目 tochu-gesha@2016-07-08.txt

※軽度の性描写があります。

 

 駅や電車にまつわる都市伝説や怖い話と言うのは、かなり多い。これは私の勝手な想像だが、終電を過ぎた駅や旅の帰りに乗る私鉄が見せる寂しげな顔、他人と共有する空間である車両にひとり残されたときのある高揚感に似た孤独。そんなものが、列車という人工物を何か得体の知れないものへと変えてしまうのではないだろうか。
 ところで、私も最近、顔見知りの経営プランナーから面白い話を聞いた。ある美術館の経営をサポートした一人のプランナーが関わる話で、少し前から美術系の案件を主に扱うプランナーの間では有名な話らしい。


 ある私鉄の終点近くの駅に、小さな美術館がある。その管理人からマネジメントの依頼を受けた男は、名前を須藤といった。須藤は7年前に大学を卒業したあと、同じ大学出身の先輩の下で数年経験を積みながらコネクションをつくり、3年前にやっと自力で仕事を取るようになった若き経営プランナーだ。経営学の傍ら趣味で勉強していた絵画や芸術関係の知識を生かして仕事をしている。
 その日の朝東京から出てきた須藤は、二両編成のワンマン列車を降車し、目の前にそびえる小高い丘と、たった二本伸びる道を見て途方にくれていた。
 二本の道のうち一つには、入り口に立ち入り禁止の札がかかっているから、道は間違えようがない。とはいえ人っ子一人居ないし見渡す限り緑に埋め尽くされているし民家は一軒も見当たらない。まさに、バラエティ番組でよく見る秘境駅といった感じの場所だ。
 手元の地図にはたった一つの宿泊施設と美術館以外に何も書かれていない。須藤はため息をついて、宿泊予定の施設に向かった。

「ごめんくださーい」
 カラカラとガラス障子を引いて声を上げる。玄関を上がったところには一足スリッパが用意されていた。
 薄暗い廊下がぱっと明るくなって、おくからパタパタ足音がした。
「ようこそいらっしゃいました。須藤様でいらっしゃいますね。私はこの旅館の女将で、由里乃と申します」
 薄桃色の着物に前掛けをつけた女性が、須藤に向かって深々と一礼する。彼女の年齢は、恐らく40~50歳といったところだろう。
「はい。暫くの間お世話になります。よろしくお願いします」
 須藤も由里乃に頭を下げた。
 高級旅館のようなもてなしではないが、由里乃の気楽な声や微笑には、ほっと息をつけるような安心感がある。

「ええ!? あんな遠いところまで?」
 部屋に案内してもらう途中、美術館の話をしたら、由里乃が驚いたように声を上げた。
「そんなに遠いんですか?」
 須藤は依頼人から貰った地図を由里乃に見せた。
「あの、山の中腹にある建物のことでしょう? あそこって美術館だったのねえ。知らなかったけど、とにかく歩いたら3時間はかかるわ。須藤さん、免許はお持ちですか?」
「ええ、一応……。でももう三年は乗ってないですよ」
「それなら、明日は主人に車を出させるわ。バスも電車もないし、あんなところまで歩けないわよ」
「ええっ、いいですよそんな」
 須藤は由里乃の提案を慌てて断ったが、結局由里乃に押し切られる形となり、翌日は旅館の主人に美術館まで送迎してもらうことになった。
 部屋に通された須藤は、夕飯までの間、東京からこの場所までのアクセスと、女将に聞いたこの旅館の部屋数と宿泊可能人数、それから美術館までの交通手段がないことをノートにメモした。美術館を経営するには、かなり前途多難といえそうだ。

 翌朝、東の窓から差し込む朝日で須藤は目を覚ました。ひんやりとした空気が気持ちいい。小さな旅館で宿泊者も多くないはずだが、ふかふかの布団と畳の部屋で、快適な夜を過ごせたと思う。須藤は、この旅館のためにも美術館の計画を上手くいかせられたら、と思った。
 歯を磨き、髪の毛をとかして、顔を洗って髭を剃る。水が死ぬほど冷たかったが、それはきっと水が井戸水だからだろう。昨夜女将が井戸から直接くみ上げていると言っていた。
 食堂に行くと、須藤の分の食事だけが用意されていた。どうやら須藤以外に宿泊者はいないらしい。
 焼いた塩鮭に味つけ海苔、ご飯、お新香、梅干、味噌汁。教科書どおりの旅館の朝食だ。文句のつけようがない味。須藤は最後の米一粒までしっかり食べきって、「ごちそうさまでした」と手を合わせた。
「それじゃあ須藤さん、車の用意ができましたので、どうぞ」
 須藤が食べ終わるのを待っていたかのように、背後から男性の声がした。旅館の主人だった。
「おお……」
 外に出た須藤は、感嘆とも驚きとも着かぬ声を漏らしていた。用意されていたのは白い軽トラック。見たことはあっても乗ったことはない。
「僕、軽トラ乗るの初めてです」
「そうですか。少し畑をやってる関係で、うちにはこれしか車がなくて」
 主人は大きな体を揺らした。
「ちょっとわくわくします」
「それはそれは」
 通勤鞄を抱えなおす須藤を見て、主人は目を細めた。
「須藤さん、おいくつなんですか」
 舗装のない道を睨む主人が須藤に尋ねた。
「今年で29になります」
「そうなんですか。お若く見えますね。うちの娘と同じくらいかと思っていました」
 主人の言葉に須藤は苦笑した。
「よく言われます。個人的にはもう少し年相応に見えるといいと思ってるんですけどね。……娘さん、おいくつなんですか」
「もう22になります。大学に行くんで東京に出て、最近はあまり帰ってきませんが」
「それは寂しいですね」
 須藤の言葉に、主人は無言で返す。肯定か否定かというと、肯定だろう。
 そんなことを話しているうちに、白い建物が見えてきた。
「あれですか?」
 主人が須藤に訊いた。
「ええ、多分そうだと思います」
 主人は軽トラックを美術館の門の前につけた。
「それじゃあ、午後六時ごろにまた迎えに来ます」
「何から何まですみません。ありがとうございます」
 須藤は主人にぺこりと頭を下げた。

 美術館は洋風の平屋だった。もともと白かったであろう門には金が埋まっていたが、それもくすんでしまっている。須藤は頭の中で『要清掃』と呟いた。
 中に入ると、蟻の巣のように連なった部屋がたくさんあって、そのほぼ全てに銃器類が詰まっていた。美術館と言うより武器庫のほうが正しい。依頼人は、地下のアトリエにいると書いてあった。
 薄暗い廊下をどんどん地下に潜っていく。日の光が当たらなくなると、周りはいっそう暗くなった。それでも目が見えるのが、少し不思議たった。
 階段を降りきると、長い廊下の先に、大きなスチール製の重そうな扉が見えた。それ以外にドアらしきものは一つもないから、あれがアトリエの扉だろう。
 須藤は、扉の前に立って、二回ノックした。
「こんにちは!」
 声を上げても、中から返事はない。もう一度、今度は強くノックする。
「こんにちは! 先日以来を承りました、須藤です!」
 今度は、中から聞こえた。
「どうぞー!」
 須藤はスチール扉を思いきり引いて、中に入った。
 中にいたのは、エプロンを着て長い茶髪を後ろで括った一重瞼の男だった。背は須藤より少し高いくらいだろう。
「こんにちは」
 茶髪の男は笑う。
「こんにちは。はじめまして」
 須藤は鞄から名刺を出して男に渡す。
「これはご丁寧にどうもありがとうございます。私が依頼人です。ええと、すみません、私は名紙を作っていなくて……」
 男はそう言って、名紙を大事そうにエプロンの下に着ている服の胸ポケットにしまって、近くの画用紙を少し切り取って、近くにあったペンで『美術館オーナー A』と書いて須藤に渡した。
「A……さん?」
「はい。アルファベットのA、アーティストのAです。とりあえずそういうことにしておいてください」
「はあ……」
 須藤は首をかしげながらも無理矢理自分を納得させて、その即席の名紙を名刺入れにしまった。
「こんな辺鄙なところまで、ご足労をおかけしました」
 Aはアトリエの端の作業台でお茶を淹れながら申し訳無さそうに言う。
「いいえ。こういうところもたまには悪くないです。何事も経験ですから」
「そう言っていただけるとありがたいです」
 そういいながら、Aは須藤にお茶を出した。立ち上る香ばしい香りは玄米茶のものだ。
「粗茶ですが、どうぞ」
「ありがとうございます」
 須藤はお茶に手をつける。茶菓子はカステラだった。
「それで、ご依頼の件は、ここを美術館に改装したい、ということでよろしいでしょうか」
「はい」
 Aは須藤の言葉に頷いて続ける。
「実は、このアトリエの奥に部屋があって、そこに多くの絵画作品が眠っているんです。それをどうにか展示できないかと思って」
「Aさんの作品ではないのですか?」
「ええ。遠い親戚の遺作です。とにかく沢山あって、そのどれもが目を見張るほど素晴らしい作品なんです。私も全てを見たことは無いのですが……。少し、見てみますか」
 須藤はAの提案に頷いた。どんな作品を展示するのか、というのは知っておいて損はない。
 Aはアトリエの奥の扉を開けた。入ってすぐのところに、巨大な油絵がある。等身大より大きな、男の背中を描いたものだった。
「……」
 須藤は絶句した。そのデッサンの正確さや色の緻密さにも驚かされたが、傷ついて抉れた男の背中の迫力と、それから立ち上る妙な艶かしさに魅せられてしまったからだ。
「すごいでしょう」
 思わず後ずさる須藤の背中を、いつの間にか後ろに回っていたAが抱きとめた。
「な……なんですか、これ……。こんなものが、世の中に出ないで、ここに、こんなところに、ある、なんて……」
 須藤の声は震えていて、その体も同じく震えていた。
「そうでしょう! あなたも、そう思いますか!」
 Aは須藤の肩を持って揺さぶった。
「これを、多くの人に見て欲しい。私はそう思ったんです! だからあなたをここに呼んだ」
 Aの剣幕に押されて、須藤はゆっくりと頷く以外できなかった。

 アトリエに戻ってAと須藤は湯飲みに残ったお茶を飲み、なんとか落ち着くことに成功した。奥の部屋で、二人は妙な興奮に包まれてしまっていた。
 一息入れたところで、須藤はノートを出して大まかなプランを練ることにした。
「まず、この建物のどのくらいの部屋を使って展示をしたいですか?」
「……そうですね。作品の劣化を防ぐために、地下一階を展示スペースに使いたいと考えています。あまり人を雇えないので、展示スペースはワンフロアが限界じゃないかと思うのですが、どうですか?」
「作品数にもよりますが、そうですね。この建物は土地を広く使っていますし、清掃や管理を考えると、ワンフロアか、使えてプラス半分くらいですね」
 須藤はノートにメモをする。
 そのあとも何度かAと須藤はやり取りを繰りかえし、気付けば時刻は午後六時を回ろうとしていた。
「――いけない! 旅館のご主人が迎えに来てくれる時間だ」
 須藤はそう言って荷物をまとめ始める。
「それは急がないと。すみませんでしたね」
「いいえ。僕も熱中してしまって。また明日来ます」
 須藤は最後にノートを閉じて鞄に入れた。
「ええ。お待ちしております」
 Aはにっこり笑って須藤を送り出した。

 それから二週間、須藤は旅館に滞在していたが、計画の採算をとるあたりで相当難航していた。滞在期間は予定をはるかに越えていて、これ以上旅館に泊まることは経済的に難しかった。
 そのような事情を、須藤が会話の合間にぽろっとAに零したら、Aは「ここに来ますか?」
と言い出した。そこからの展開は早く、Aに言われるまま須藤は旅館の夫婦に感謝と謝罪を述べて、美術館に転がり込むことになった。
 採算をとる計画をするのは須藤の仕事だ。何とかならないかと部屋で唸っていると、Aが気分転換に力仕事をしないかと持ちかけられて、アトリエの奥の部屋から絵を運び出す作業をすることになった。
 まだ美術館になると決まったわけではないが、部屋の空気を入れ替えたり、掃除をしたりするついでに、とAは言った。
「全部、いい絵ですね」
「でしょう?」
 外に出して並べられた絵画を見て、須藤はそう漏らした。
裏の日付の順に並べると、ある時期から人物画が圧倒的に多くなっている。そのほぼ全てが、傷を負った兵士の絵だった。日付によるともう、数百年は昔の絵たちらしい。
「兵士の絵を描く仕事でもしていたんでしょうか」
 須藤はAに訊いてみるが、Aもよく知らないらしい。

 Aが館内をもう一度見て計画を考え直してみる、というので、須藤はアトリエの中で絵を見て、宣伝について考えてみることにした。
 過激な絵が多い。一般向けに宣伝をするのは難しいだろう。子供向けでもない。しかし……。
 そんなことを考えながら、絵画を一枚一枚見て、そして、奥の部屋で、傷だらけの背中の絵を見つめた。
 男の背中の絵は、他の絵と印象が違った。
 他の絵は、ただ死にゆく人間を写真のように写し取った無機質さがある。普通の写真よりは、レントゲン写真を見ている気分に近い。
 奥の部屋の絵は、違う。傷口から流れるおびただしい量の鮮血、男の足元には血を吸って重そうなコートが落ちていて、その背中から呼吸が聞こえそうなほどにリアルな、絵。しかしおどろおどろしさとは少し違って、その腰のラインや髪の生え際は妖艶だ。
 その時須藤は、カンバスの端にこびりついて黄色くなった、恐らく元は何か粘り気のある液体であったらしい、何かを見つけた。
 須藤はそれを、知っている。たぶん、何度も体内から吐き出したことがある、それだ。それを吐き出すときの高揚感と多幸感を、恐らく一定以上の年齢の、ほぼ全ての男は知っている。
 その時、画面の中の男が、身じろいだ、と思う。恐らくそれは、見間違いでなく、恐らく。

 須藤は弾かれたようにアトリエから飛び出した。Aを探した。
「――Aさん!」
 武器庫の中で腕を組んでいたAを探し当てて、須藤は叫んだ。
「どうしたんですか、そんなに慌てて」
「あれは、駄目だ……!」
 須藤は目の前の男に必死に訴えた。
「あれは、たぶん、誰かに見せるためにかかれた絵じゃない、きっと……」
 背中を流れていく汗でワイシャツがびっしょりと濡れていくのがわかる。
「きっと、生かすための、絵……でしょうね」
 Aは唇の両端を吊り上げた。須藤はすり足で後ろに下がる。
「だから、人の目に晒して、監視して、殺さなければならない」
 Aのシャツの下に透ける背中の肌にいく筋もの傷が刻まれていることは、須藤には知りえないことだ。


 ――その後、須藤さんとやらの姿を見たものはいない、というお決まりの文句が出たところで、私の知り合いの話は終わっている。
 それはさておき、私はいまなんとかっていう私鉄に乗っているんだけど、それにしてもこの列車、短すぎる気がする。バスのほうが長いんじゃないだろうか。

 

B市連続ひったくり事件被疑者自宅押収品⑬microSDカード内データ より

六夜目 落下する夕焼け

※グロテスクな描写があります。

 

耳元で、ぐしゃりと弾ける音がした。
 視界が真っ赤に染まる。鼻腔を抜ける錆びた匂い。生温い温度が全身を包む。手にはぬるりとした嫌な感触。

 赤、橙、鈍色、深紅、あか、あか、あか、
 世界が赤く染まる。

 僕は唇を引き延ばして笑う。嗤っている。何故わらっているのかわからない。

ただ…… あぁ、生きている。と

 そう、思った。

 


 『なぁ、図書室の話知ってるか?』
 「図書室?」
 『所謂、学校の怪談ってやつだよ』
 「好きだね、そういう話」

 友人のSは噂話が好きな質で、何処から仕入れてくるのか分からないような、怪しげな話を僕に聞かせるのが常だった。

 騒つく教室の中で、Sは僕の耳元に顔を近づけてヒソヒソと話す。その距離の近さに戸惑ってしまう。

 「おい、近いよ」
 『近くないと聞こえないだろう?』
 「別に怪談なんて聞きたくもないね」
 『そんなこと言いながら、いつもちゃんと聞いてくれるよな』

Sの笑う顔が視界の端でチラチラと点滅する。Sと話していると、何故だか疚しい気持ちが擡げてくる。

 『まぁ、暇つぶしでいいからさ、聞いてくれよ?』
 「わ、分かったよ、面白くなかったらその口塞いでやるからな」
 『その科白誤解を招くぞぉ』

あははと笑うSの間延びした声が、やけに耳に張り付いた。頭の中で意味を成さない単語が木霊する。頭が痛い。お構いなしにSは話を続ける。此奴はただ、喋りたいだけなのだ。僕が聞いているかどうかなんて関係がない。だから僕はぼんやりと聞き流すようにSの声に耳を傾けた。

 『昔さ、この学校で死んだ奴が居たんだ』
 「古い学校だから、それなりに死んだ奴も居るだろう?」
 『「この学校で、」って言っただろう?其奴はさ、この学校の図書室の窓から落ちて死んだんだよ』

Sはまるで見てきたように淡々と言った。

 『ほら、この学校の図書室って最上階にあるだろう?だから其奴は真っ逆様に落ちて、それはもう酷い有り様だったらしい』
 「そんな話聞いたことないけどな。そもそも漫画や小説みたいに学校で人が死ぬなんてこと、そう頻繁に起こらないと思うけど」
 『お前の身近で今までなかったというだけで、そう珍しくもない話だよ?毎日何処かで人は死んでるんだから』

そう言われると、そうとしか言えない。人の死が身近にないというだけで、生き物というのは死ぬものだ。自然の摂理なんだから珍しくもない話だ。

 「なんだかはぐらかされてる気分だな」
 『あぁ、嘘だと思ってるだろう?でもその証拠にうちの図書室、終業のチャイムと共に閉まるだろう?放課後の使用は許可がいるし、必ず教員が付き添う決まりだ』

 確かにそうだった。気にも止めなかったが、おかしな話だ。図書室なんて調べ物か勉強か暇つぶしをする場所だ。授業以外で使うなら放課後の方が都合がいいはずだ。でも使うことが出来ない。それには理由があるということか。

 「信憑性があると云えなくもないな」
 『だろう?気になったからな、ちょっと調べてみたんだ』

そう言ってSが机から取り出したのは新聞の切り抜きをコピーしたものだった。


 平成〇〇年 〇月〇日 金曜日

 市内のK高等学校の生徒である〇〇〇〇〇〇君(17歳)が校庭の校舎脇で倒れているのを見回り中の教師が発見した。〇〇〇〇〇〇君は直ぐに近隣の病院に搬送されたが、病院にて間も無く死亡が確認された。
   〇〇〇〇〇〇君が発見された場所は図書室の真下であり、見通しの悪い校舎の脇であったため目撃者などは無く、発見が遅くなったと思われる。また現場検証の結果〇〇〇〇〇〇君は図書室の窓から落ちたとみられる。
   発見場所である校舎脇や図書室には争った形跡等はなく、図書室には〇〇〇〇〇〇君が読んでいたと思われる本が放置されていた。警察は事件、事故両面から捜査をすると発表している。

 「割と最近なんだな」
 『そう、意外にも最近なんだよ』
 「事故なのか?それとも自殺とか?」
 『その後詳しいことが報道されることはなかったけど、遺書もなく現場にそれらしい形跡もなかったから事故として処理されたらしい』

よくある結末といえば、そうなのかもしれない。

 現実は解明されない謎の方が多いのだ。目撃者もなく、物的証拠もなく、それなりの状況証拠があれば事実が如何であろうとも『事故』で処理される。分かりやすい収束を第三者は望んでいる。それがないと人は非日常を終わらせることが出来ないからだ。

 「で?話はそこで終わりじゃないんだろう」
 『察しがいいね。この怪談はここから話が始まるんだ』

 生徒(仮としてAと呼ぼう)が死んでから暫くは、遺体の発見された校舎脇や図書室が閉鎖されたりしたんだけど、数週間もするとそんな『事故』があったことなど皆んな忘れたかのように、元の日常が戻ってきたんだ。

 『薄情なようだけど、段々と噂にも登らなくなっていった』
 「現実は日々新しい事件や事故で溢れているからな」

そんなある日の夕暮れにそれは始まったらしい。

 忘れ物を取りに校舎に戻ってきた女子生徒がふと人の気配を感じて、普段は寄り付かないあの校舎脇に足を運んだんだ。

 辺りは燃えるような夕焼けで真っ赤に染まっていた。丁度、生徒Aの遺体が発見されたのもそんな夕暮れの日だったらしい。女子生徒はそんなことは知らなかったけれど、そこで亡くなった生徒が居ることは知っていたから、何となく嫌な雰囲気を感じて、足早にそこを立ち去ろうとした。

 『その瞬間、ヒュッという風を切るような音が響いた』

 女子生徒はその音が頭上からすることに気がついて、空を見上げたんだ。

 『すると、空から真っ逆様に落ちてくる人間が目に飛び込んできたんだよ』

 落ちてくる人間は嗤っていた。

にぃっと口元を引き裂くようにして嗤うのが、よく見えるのにその眼は真っ黒に陥ち窪んでいてよく見えない。

スローモーションのように落ちてくるそれから、女子生徒は目が離せなかったそうだ。

それは段々と地面に近づく、止められない、今か今かと迫ってくる。

 地面に吸い込まれていく。

 女子生徒の目前でそれが赤く弾けた。

ぐしゃり

果物が潰れるひしゃげたような、嫌な音が鼓膜に響き渡る。

 同時に、女子生徒の身体にびしゃりと生温いものが浴びせられた。

 女子生徒の鼻腔には鉄錆のような嫌な匂いがむわぁっと広がる。

 腰を抜かしてへたり込んだ女子生徒の目の前には、あり得ない形に折れ曲がった人形のような死体が転がっていたんだ。女子生徒は声も出せずにただ、青い顔で震えながらそれを眺めていた。

 真っ赤に染まる夕焼けと投げ出されたように折れ曲がった人形のような肉塊、ドロドロの血液で濡れた身体、全てが悪夢のような光景だった。

 『女子生徒は見回りをしていた教師に倒れていたところを発見された。もちろんその女子生徒は血塗れなんかじゃなかったし、死体も落ちてはいなかったけどね』
 「随分と見てきたみたいに、臨場感たっぷりに語るんだな」
 「怪談ってそんなものだろう?この話にはおまけがあってね、その女子生徒はその後、何度も何度もその幻覚を見るようになって学校に通えなくなり、やがて発狂したそうだよ』
 「オチをそんなアッサリと語るなよ!台無しじゃないか」
 『結構真面目に聞いていてくれたんだな』

Sはおどろおどろしい怪談を話して聞かせていたのを、微塵も感じさせない軽やかな素ぶりで柔らかく笑った。不意に視界に飛び込んだその顔にどきりとする。

 耳元で血液の流れるドクドクという音が反響した。何だか滑稽だ。

 『なぁ、肝試ししないか?図書室には入れないけど、校舎脇を見ることは出来るからさ』

 今日はいい天気だからきっと夕焼けも綺麗だよ、とSは云った。何故Sが肝試しをしたいなどと言いだしたかは正直分からない。しかし断る理由も特に無かったので、僕は軽い気持ちでそれを了承した。

 


 放課を告げるチャイムが鳴り響いた。

 皆んな帰宅の準備や部活の準備でざわざわと動き始める。

 「肝試しって何となく夜中にするものだと思ってた」
 『まぁ、普通はそうだよね。でも今回の怪談の、怪異に遭遇するキーポイントは「夕焼け」だと思うんだ』

Sがなんでこんなにも、この怪談に拘るのか不思議でならなかった。

 『まだ少し時間が早いけど、件の噂の校舎脇を見に行ってみる?』
 「う、うん」

そこは確かに人影が疎らで静かだが、特に変わったところの無い極々普通の校庭の片隅だった。

 覆い繁げるように生えている木が校舎の脇を隠していて、確かに見通しが悪いなと思った。

 『その辺りに件の、生徒Aは倒れていたらしいよ』

Sは楽しそうに、弾むような声音で云った。

 「おい、不謹慎じゃないか?」
 『真面目だなぁ、でも肝試しをしてる時点で不謹慎極まりないと思うけど』
 「揚げ足を取るなよ」
 『ごめん、ごめん、日が暮れてきたからもうそろそろだよ。いい感じに夕焼けが拝めそうだよね』

 空を見上げるSは肝試しをしているとは思えないほど陽気な顔をしている。僕はそれに妙な引っ掛かりを覚えて、背筋がつぅっと寒くなるのを感じた。

 「ねぇ、なんでそんなにこの怪談に拘るんだ?わざわざ肝試しまでするなんて、ただの暇つぶしにしてはおかしいぞ」

 『会いたい人が居るんだ』 Sはそうぽつりと呟いた。

その顔は何処か哀しそうで儚い雰囲気だった。

 『なんてね…… まぁ、ちょっとした好奇心だよ。実際に人が死んだ場所を間近で見る機会なんて、そうないだろうから』

やっぱり不謹慎だよねぇとSは云う。僕は胸の騒つきを抑えられない。何故こんなにもSのことが気になるのだろうか ……

「なんでAは図書室の窓から落ちたんだろなぁ。だって本、読みかけだったんだろう?」
 『新聞にはそうあったね。でも、実はもうひとつ噂があるんだ。Aがクラスでいじめにあってたらしいっていうね。だから放課後、Aは図書室で過ごしてたみたいなんだよ。帰り道クラスメイトに絡まれるのを避ける為にね。そういうのに嫌気がさして、発作的に自殺したんじゃないかって話さ』

ありがちな話だと思ったが、もう全ては終わってしまったことで、真相は藪の中だ。

 「自殺したやつはその場所に留まって、死の瞬間を何度も追体験するっていうもんな」
 『いま、この瞬間もAは図書室の窓から飛び降りているのかもしれないね』

 校舎脇の木の茂みの側から図書室の窓を見上げる。思ってたよりも図書室のある最上階は高く感じた。

 (ここから落ちたのか)

じわりと背筋を冷たい汗がつたう。

 本を読んでいたAの顔を柔らかな風が撫ぜる。開いていた窓から吹き込む風が揺らすカーテンが気になったので、何気なく窓に近付いた。揺れるカーテンを掴んで窓の外を覗くと、空は真っ赤に染まっている。太陽が燃えているのだ。(まるで世界の終わりのようだ)触れれば、火傷してしまいそうだと思った。Aは窓の外に手を伸ばす。手を伸ばしたところで空に手は届かない。馬鹿だとは思ったが、もっと夕焼けに近付きたくて身を乗り出す。身体を支える片手が震えた。

その瞬間に背中に、ドンッという衝撃が走った。身体が空に吸い込まれるように落ちていく。

スローモーションのようにゆっくりと景色が流れてゆく。風を切るような音だけが耳につん裂くように響いた。

あかあかあかあかあかあかあかあかあか真っ赤な空に身体が溶け込む

地面が顔面に近付く

 

 

 ぐしゃり

 

 

石榴が裂けるように肉片が飛び散った


 いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい身体がいたい、意識が途切れていく


 あぁ、僕を殺したのは誰なんだ?


ハッと意識が浮上する。僕は凍えたように寒いのに、ぐっしょりと汗に濡れていた。

 『ねぇ?誰が殺したんだと思う?』

 膝が崩折れた僕の耳元でSが妖しい声で囁く。

 『誰かが君の背中を押したんだ。一体誰が押したんだろうね?』

 僕はSがどんな顔をしているのかとても気になった。ついさっきまで顔を見合わせていた筈なのに、何故だか彼の顔が思い出せない。

いつの間にか日が暮れ始めていた。空はあの日のように真っ赤に燃えている。夕焼けを背にしたSの顔は逆光で見えない。僕は怖くて怖くて仕方なかった。

 『僕はずっとずっと君を探してたんだよ?君が僕を置いて逝って仕舞うから、ずっとずっとずっとずっと何度も何度も何度もあの日を繰り返して、君を探していたんだ』


 『ねぇ、君の背中を押したのはだぁれ?』甘ったるくて毒々しいSの声が僕の身体に纏わりつく。

くすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくす

嗤っている
何故嗤うのだ?
 僕の脳味噌はお前の望み通りぐしゃりと弾けて仕舞ったじゃないか

「僕の背中を押したのはお前だ」

Sはにぃっと口を引き裂くようにして嗤った。陥ち窪んだ暗い暗い澱んだ穴のような眼が僕を飲み込む。

あぁ、生きている。彼は、彼だけは未だに彼処で生きているのだ。

 彼は僕が彼を置いて逝ったと云ったが、違う、置き去りにされたのは僕の方じゃないか。

 僕はあの日を何度も何度も何度も何度も繰り返して、ずっとずっとずっとあの夕焼けの中を何度だって、落ち続けているじゃないか。

 『今度こそ、手を繋いで彼処から二人だけで落ちようよ。あの子は要らない、僕は君だけが欲しいんだ』


Sの手が僕の目前にぬるりと伸びる。白い手だ。生きているけれど、この世のものではないその手を僕は掴む。

 僕の手とSの手はドロドロに溶けて混ざり合いひとつになった。

 僕らはあの図書室の窓から夕焼けを眺める。揺らめくカーテンが僕らを覆い隠す。

 『僕を忘れないでね?』
 「向かい合わせで落ちて仕舞えば、もう忘れることはないよ」

Sが笑う
僕も笑う

僕らの身体は向かい合わせのまま、図書室の窓から真っ逆様に落ちていった。

 


キーンコーンカーンコーン
                            キーンコーンカーンコーン


 ねぇ図書室の怪談、知ってる?

こんな燃えるような真っ赤な夕焼けの日はね、見えるんだって。

 何が見えるって?それはね ……

                                                              (了)

 

 フリフリモモ

五夜目 或る男の訃報

※グロテスクな描写があります。

 

祖父の引越しを手伝っている時のことだ。ダンボール箱に詰められた大量の週刊誌を見つけて僕はびっくりしていた。
「もう、三十五年前のことだ。私は記者をしていたんだよ」
彼が今年の3月まで出版社に務めていたのは知っていたが、まさか週刊誌の記者だったなんて。目を丸くしている僕に気付いたのか、彼は面白がるように笑って「入社してすぐの数年間だけだったがね」と付け加えた。
「これも新居に持っていくの」
「いいや、嵩張るし読み返すこともないから処分してしまおうかと思っている」
「じゃあ縛っておくね」
すぐそばに放ってあったビニールテープを掴もうとすると、彼はああ、そうだ、と言って僕を止めた。
「お前、推理小説が好きだとか言ってなかったか」
「うん、そうだけど」
「未解決事件があるんだ」
三十五年前。殺人だったとしてもとっくに時効は切れているのではないだろうか。右手をビニールテープに伸ばした姿勢のまま固まっていると、そんな僕にお構い無しに彼は事件の概要を話し始めた。
「1983年のことだ。当時人気急上昇中だった俳優、Sが自殺した。首吊りで、だ」
箱に収まっていた週刊誌たちはいくつか散乱していて祖父は第二十号の中程にある記事にじっと目を落としていた。
「死体が発見されたのは早朝、海水浴場でもある浜辺だ。そこには紐も踏み台も吊るす場所も何一つなかった。首に縄の跡だけを残して浜辺に転がっていたのを出勤してきた海の家のスタッフが見つけたらしい」
「じゃあ、どうして自殺だってわかったの」
「通報が入った時は警察も殺人事件だと思っていた。しかし死体を検分し、解剖をして鬱血の具合も、首に残った紐の跡も、裸足に残る擦過傷も、それら全ては彼の死が自殺であることを裏付けていた」
確かに、奇妙な事件である。
「Sの死体が浜辺で検分されている頃、警察の別の部隊では彼の家を家宅捜索してた。そして、そこには自殺に使われた踏み台も、ロープも見つかった。その上、遺書まで」
彼はページを捲り拡大印刷されていた画像を僕に見せた。それは妙に詩じみていたが確かに自殺の示唆とも読める文章をしていた。
「その日の昼には火のついたような報道合戦が始まっていたよ。彼は関西から上京してきたばかりで芸歴もたった一年だった」
ページを捲っていくと彼の顔写真が現れた。精悍な顔つきの美少年である。
「この人、僕と同い歳なんだね」
写真の下には名前があって、その横には年齢が書いてあった。17歳。彼はどんな気持ちで死を選んだのだろうか。
「ああ、早すぎる死を皆が悼み、食い物にした」
なんだかやりきれない気持ちになった。僕は、時々ニュースで目にする同年代の誰かの死にも同じ気持ちを抱いていただろうか。
「やがて、想像の域を出ないような噂も次々飛び交った。本当は心中で片方だけが死んでしまった、とか完璧なトリックで他殺されたとか」
不可解な死、悩む僕に祖父は優しく笑いかけた。しかし、この笑みは彼とボードゲームをやる時によく見るようなものだ。
「さて、情報は揃ったね。何故Sの死体は浜辺にあったのか。面白い話を聞かせてくれよ。この老人に」
そう言い残すと、彼はお菓子をとってくると言って台所の方へ消えた。羊羹とうぐいすもちだったらどっちがいい、と聞かれたので羊羹、と答える。引越しはもう明後日に迫っているのに何故生菓子があるのかは問わないことにした。
改めて雑誌の記事やインタビューの書き起こしを見つめる。
死体があるはずのないところに現れる、というのは小説ならば良くあることが現実にはそうそうない。
逆もまた然りだ。死体が消える。多くの遺留品が見つかった彼の自宅に、鍵はかかっていたのだろうか。そうならば、それは密室だ。浜辺に足跡がなければそれも密室だろう。
密室からの死体移動、死体の消失、死体の出現。どれかなのか絞りきれない以上すべての可能性を考慮しなければいけない。
ぱらぱら資料を捲っていくうち、1人だけしった名前が現れた。Kという、大御所と言って差し支えないくらい有名な俳優だ。この前も僕が好きな作家の実写作品で探偵役をやっていた。彼はSの事件についてインタビューを受けていたらしい。ぎりぎり読める程度の繋がった文字を解くように読む。
三十五年前、Sのデビュー作で共に主演を務めたのはKだった。当時Sより八つ年上だった彼はSのことを随分かわいがっていたらしい。
KはSの死について「彼は自殺するようには見えなかった」や「誰かが殺したんだとしたら許せない」と語っていた。
美貌もそれに見合う人気もSは持っていた。自殺だとして彼は何に苦しんでいたのだろう。他殺だとして彼は誰に恨まれたのだろうか。
「どうかな、いい思いつきはあったかい」
「うわあ」
がらんと開いたのは背後の襖。さっきは向こうの襖から出ていったのに。
「Kは当時、Sと道路を挟んで向かいのマンションに住んでいたんだよ。そのせいか彼が犯人じゃないか、と疑う人もいた」
祖父は羊羹と緑茶の乗った盆を傍らに置き僕の見ていた資料を覗き込んだ。
「度々出てくる、二人が共演したドラマ。これもね、推理ものだったんだ」
老眼鏡の向こうの瞳には郷愁の色が見える。
「物語の最後でSが演じていた役は死んでしまう。撮影した時に現場にいた人達はみんなボロボロ泣いていた、って話がただの感動的で素敵な話だったのは放送されてからたった2週間だけだった。Sはまるでその役を演じるために生まれてきたんじゃないかって、くだらない言葉も最もらしく見えた」
「もしかするとそれが動機だったりして」
羊羹を一欠片口に入れる。上品な甘さ。緑茶にここまで合う食べ物なんてなかなかない。
「ほう、どういうことかな」
「想像というよりは妄想に近いけど、Sが自殺をする。遺書を用意してその様子が極めて自然になるように」
なんだか物語を作っている気分だった。
「それでその日、二人は会う約束をしていたとする。いつまでたってもSは現れず、Kは彼の自宅を尋ねることにした。その方が近いから」
少なからずおざなりなところもあるが気にしないで話を進める。祖父も僕を止めない。
「チャイムを押しても反応はなくてKは首を傾けながら扉のノブを捻ってみる。するとそこにはSの死体があった。原因は明らか
首吊り、自殺だと一目でわかった」
そうして傍らの手紙を読む。
「彼はSの遺書を読んだ。そして、強い憤りを感じたんだ。演技をするSのそばにずっといたKは役とSを同一視していたとしてもおかしくない。Sは将来のことの不安など将来の不安を書き綴って死んだ。まるで神が地に落ちたように感じたのかもしれない。それでKはSの死に神聖さを持たせようとした。一番簡単な方法は解決させないことだ」
証拠も何も無いけれど堂々と語る。それが僕なのかSなのか、少し曖昧だ。
「Kは海岸に死体を運び、遺留品はそのまま部屋に残して解決できない状況を作り上げた。これでSは世間から忘れ去られることは無い。未解決事件として名を残す」
途中から気恥しくなって向けなかった祖父の方を見ると絶句、とかそういう言葉が似合うような表所を浮かべていた。てっきり笑っていると思っていた僕もあっけに取られる。
「全部、冗談だよ……」
「ああ、そうだろうな」
奇妙な沈黙が残る。それを破ったのは三人目の声だ。
「あら、」
祖母が悲愴を滲ませた声でそういった。心配になって祖父と居間へ向かう。
なんのことないドラマの再放送が流れている。しかし画面の上にはテロップが。
俳優のKが死去。死因は……
最後まで読み切る前にドラマの台詞がいやに鮮明に飛び込んできた。
「罪を背負い続けよう、残された命がある限り」
映像の中のKは、確かにそう呟いた。

 

 夢井るか

四夜目 仇討ち入門

 怖い話を集めてるんだって?
 あ、別に理由とか知りたくねぇから、話すなよ。
 俺は誰かに話したい。お前は怖い話を聞きたい。利害の一致ってやつ。
 まあ、この奢ってもらったビール一杯分の仕事はするさ。
 いやあ、ビールを外で堂々と飲むのは初めてだけど、やっぱおいしいもんじゃないよな。大人の味はまだ早いってか? 一応今日成人したんだけど。
 ん? そう。今日誕生日。ケーキ奢ってくれてもいいぜ? くれない? 早く話せ? あらそう。
 さて、今から話すのはお前が想像する、所謂“怪談”には当てはまらない、と思う。なんてったって、この話には恐ろしい幽霊も人を食う妖怪も出てこない。

 


 父方の祖父母の家は山奥の、村に入るための道が一本しかないような小さい村にあり、俺と父は夏休みになると毎年一週間ほど帰省するのが恒例だった。
 その日は丁度滞在6日目で、夏休みも終わりだっていうのに宿題を一つもやってなかったことが祖父にばれ、遊びに行くことを禁止されていた。
 宿題をやるのに一瞬で飽きた俺は、縁側で寝っ転がってボーッと雲が流れるのを見ていた。祖父母の家にはそのぐらいしか娯楽がなかったのだ。
「タケル君。ごめんね。ちょっと来てくれない?」
 そこに突然ワタルが現れた。ワタルっていうのはその村で唯一俺と同い年の奴で、俺はよく知らないが、村の大地主の子だからか、他の子どもたちから遠巻きにされていて、夏休みに一週間やってくるだけの俺しか友達がいない、そんな気の弱い、優しい奴だった。
「勝手に出ていくと爺ちゃんに怒られんだけど」
「ごめんね。でも、お願い」
「仕方ねぇなあ」
 初めから祖父の言いつけを守るつもりなんてなかったくせに、わざとらしくため息を吐きながら草履を履くと、ワタルは分かりやすく喜んだ。
「で、なんの用だよ」
「うん、ごめんね。うちに着いてから説明するよ」
 門脇家は村の一番高いところにあり、町の感覚からすると3軒分ぐらいの敷地に増改築を繰り返したであろう複雑な構造の家だった。
 村の入り口近くにある祖父母の家から歩いている内に俺は服の上からでも分かるほど汗だくになって、すごく気分が悪くなったことを覚えている。
 そんなどうでもいいこと覚えてるぐらいだったらワタルがその時どんな顔していたのか、覚えていればよかったのに。
 ワタルが何も言わずにずんずん登っていくから俺が弱音を吐くわけにもいかず、結局一度も足を止めることなく俺は村の端から端まで歩かされた。
 そこで、ご対面。

「は?」
「ごめんね、どうしよう」
 夏の底。門脇家の広い庭の片隅に、死体はあった。頭がぱっくり割れ、中から若干白いものが見える。隣には血濡れの鍬が沿うように倒れていて、頭をかち割ったのは自分であるということを主張している。
「なんだよこれ」
「人間の死体。死んじゃったんだ」
「なんで」
「事故。……と、言いたいところだけど。未必の故意ってやつかな」
 ほら。とワタルが指さす先を見ると、鍬に糸が括られていた。糸を辿っていくと人が通ると糸が張り、倉庫の上から鍬が勢いよく倒れるような仕掛けになっていることが分かる。古典的なミステリのようなトリックに、何より先に呆れが来てしまった。
「立派な殺人だろう」
「子供は手放しても土地は手放したくないってことだね」
「もしかして、犯人は」
「うん。両親どころか、祖父母まで関わってる」
 あまりのことに、空を仰ぎ見る。日光が目に入り、青空を見る前に反射で目を閉じる。日光は瞼の裏にまで進攻し、思考を犯す。
「それで、俺に何をさせたいわけ?」
 どうにかその言葉を絞り出す。
 ワタルは、普段の気の弱さを何処かへやったように、強い目をして言った。
「どこかに隠してほしい」

 


「やっぱりやめよう。犯罪だよ」
「隠せって言ったのはワタルだろ。今更戻るわけにいくかよ」
 いざ俺が言われた通りにすると想像通りワタルは俺を止めようとした。ワタルは気が弱いのだ。
 俺はよいしょ、と背中のモノを背負いなおす。それが死体だと意識すると、途端に放り投げてしまいたい衝動に駆られる。
「でも、タケル君」
「やっちまったことは仕方ないだろ」
 いくら自分より小柄とはいえ、死体というのはとても重い。
「ね、重そうだよ。やっぱりやめようよ」
「うるせえ。耳元で喚くんじゃあねえ。お前が捨ててくれって言ったんだろ」
 死体を肥料のように畑に埋めるわけにもいかない。俺の足は自然、山の方へと向かっていた。都合のいいことに門脇家は山を背にするようにして建っていたし、俺は門脇家の裏から山に入ってすぐのところに獣道があることも知っていた。そこを使って奥まで行って死体を捨てようと思ったのだ。中学生にしては考えたほうではないだろうか。
 ただ、想定していなかったのは死体の重さ、固さ。約50㎏の肉の塊はとても運びづらい。
「重。何食って生きてきたんだよ?」
「タケル君と似たようなもの、かな」
「マックのポテト?」
「ナゲットのほうが好き。この近くマックないから、滅多に食べれないけど」
「ふーん」
 人が汗水垂らして台車を引いている横で、当事者が汗ひとつかかないままというのは若干腹が立ったが、仕方がないと自分に言い聞かせ、死体を背負い直す。
「ごめんね。僕が持てたらよかったんだけど」
「ワタルに持てるわけねぇだろ。俺を呼んで正解だよ」
「うん。……ごめんね」
「謝んなっての」
 汗のせいですぐに手が滑る。何度も何度も背負い直しながら、俺は獣道を歩く。
 ところどころに鹿の糞が落ちているが、それを避けて歩く余裕がないため、諦めて上から踏みつける。草履のまま来てしまったため、いつ靴下で糞を踏むことになってもおかしくない。
「どこかいい場所知らねぇの? ここ門脇の山だろ」
「うん、えっとね。獣道を外れたところに、沼があるんだ。そこでいいかな」
「ワタルが決めろって」
「……うん。そこがいいな。死体は沼に捨てよう。底なし沼に入ったらどんな感じかな。お母さんのお腹の中と同じ感じかなあ」
「……知らねぇよ。弟にでも聞いてくれ」
「そういや、弟君がタケル君のお母さんの中にいるんだっけ。いいなあ、僕も生まれ変わったらタケル君の弟になりたい」
「なればいいじゃねぇか」
「どうだろ。なれるかな」
 ひざ丈のズボンを履いていたせいで、葉で足が切れる。草履を貫通してとがった石が足裏に突き刺さる。それらの痛みを、歯を食いしばって耐える。今ワタルを日和らせるわけにはいかない。
 ただ足元だけを見ながら足を前に出す。次の一歩のことだけを考える。
 なんで俺がこんなことをしなければいけないのか。そう思わないわけでもない。ただ不思議と、足を止める気には一度もならなかった。

 二人して黙りこんでどれくらい経っただろうか。ふいに視界が明るくなり、反射的に顔を上げる。急な動きのせいで、死体が背中から離れ、重力に逆らうことなく頭から地面に落ちる。
 底なし沼は静かで、不気味で、死体を捨てるには絶好の場所だった。
「重かったよね。ごめんね」
「自分の心配しろよ。思いっきり頭うってんぞ」
「でも、僕ここにいるし。もう痛覚はないよ」
 それもそうか、と思い、俺はワタルの死体を地面に投げ捨てる。
 あまりに雑な扱いに、ワタルはワタルの死体の前で苦笑した。

「なあワタル。なんでお前自分の死体隠そうとしてるわけ?」
「ここまで運んできてからそれを聞くの、すごくタケル君らしいね。そういうところ好きだよ」
「なんか馬鹿にしてねぇ?」
 ワタルが笑う。
 沼は底なしのようで、さっきから石を放り入れているが、底についた感覚はない。きっとここに死体を投げ入れれば、二度と浮かび上がることはないだろう。
 実際はそうでもないのだろうが、そう信じたかった。
「理由は二つ。一つは、両親が保険金を手に入れるのが気に入らないから」
「でも、7年たてば失踪宣告? がされて結局両親に金が入るじゃねぇか」
 俺は前にみた刑事ドラマを思い出して言った。
「うん。それはもう一つの理由と関係ある。僕はね、どうにかして7年以内に両親と祖父母を殺すよ」
 俺は正直その言葉に面食らった。いくら殺されたからとはいえ、ワタルに人殺しができるとは思えなかった。
「がんばれ」
 でも、あまりにワタルが強い目をしているから、俺は応援だけすることに決めた。
「うん。頑張るよ。学校では人の呪い方なんて習ったことないけれど。
 ……ほら、もう暗くなる。早く帰りなよ」
「おう。……でも、死体どうする? 深くまで持ってくと俺まで死ぬぞ」
「そこは、僕が恨みパワーでどうにかするよ。そこに置いといて」
「恨みパワーってなんだよ」
 だが、信じるしかない。俺は言われた通りの場所に死体を置き、沼とワタルに背を向けた。
 何故か分からないけれど、俺はここでワタルとはお別れだということを理解していたし、もう二度と会うこともないのだろうなと分かっていた。
「あ、そうだ。最後に」
「なんだよ」
「タケル君、お誕生日おめでとう」
 夕焼けが森を赤く染める中、沼とワタルだけがその影響を受けず、世界から沈んでいる。
「ありがと」
 俺もきっと赤く染まっていたのだろう。

 


 以上が、俺と幽霊の心温まる感動ストーリー。そして今日が門脇ワタル、享年13歳が死んで7年目。俺の20歳の誕生日、というわけ。
 ワタルが行方不明になったことはその日のうちに村中に広まってたけど、死体は見つからなかった。間違いなく沼も捜索されただろうに、不思議だな。俺はそのときもう町のほうに戻ってたから詳しくは知らねぇけど。

 ビールもどうにか飲み終わったし、怖い話もこれで終わり。俺はそろそろ行かせてもらうよ。急いでるんだ。
 うん。そう。この後用事があって。自首しに行くんだ。
 結局、気の弱くて優しいワタルは誰も殺すことができなかった。だから俺がやった。適材適所ってやつ。別にゆっくりしてもいいんだけどさ、この後用事があるって思うとソワソワするだろ?
 この怖い話のオチは“一番怖いのは人間”ってありがちなヤツってわけ。つまんない? 卑怯? なんとでも言え。
 俺は成し遂げた。お前も、頑張れよ。

 

 速水

三夜目 先輩のこと

 これは、僕が体験した不思議な出来事です。

 大学に入った年、僕はファミレスでアルバイトを始めました。大学生はバイトをするものだというイメージが先行して何となく始めただけでしたが、間もなく辞められない理由ができました。バイト仲間の一人を好きになってしまったのです。彼は僕より一年早くバイトを始めた先輩で、大学の先輩でもありました。学部が違うため構内で顔を合わせたことはなく、彼に会えるのはバイトの時間だけでした。
 彼。そう、相手は男性でした。同性に恋をするとは自分でも予想しませんでしたが。タイミングも関係していたのだと思います。僕がバイトを始めた頃、バイト先では女子の入れ替わりが激しく、新しくやって来てはやめていく女子たちに辟易すると同時に、頼りになる先輩の存在がより眩しく見えたのです。大学生の恋なんてそんなものではないでしょうか。
 初めての同性への恋が、叶うとは思っていませんでした。下心が滲み出ないよう気を付けて、僕は「先輩を慕う後輩」を演じていました。先輩もそんな僕を可愛がってくれました。他の同僚たちよりも少しだけ親しい関係だったと思います。そうすると諦めていたはずの欲がじわりじわりと頭をもたげてくるのです。先輩ももしかすると僕を特別に思ってくれるのではないだろうか。そんなことを。

 バイトを始めたのが四月の終わり。約一年が過ぎた三月のはじめのある日。僕は夕方から深夜にかけてのシフトに入っていました。その日はとても店が混み、しかも先輩は休みとあって、ただひたすらに疲れる夜でした。くたくたになって定時を迎え、私服に着替えて裏口から出ると、先輩が立っていました。
 どうしたんですかと驚く僕に、一緒に帰ろうと返す先輩。もちろん断る理由もなく、一日の疲れはどこへやら、浮かれ気分で帰路に就きました。
 時刻はとうに零時を回っていて、都会でもない町では人の姿はほとんど見えません。静かな夜の道を、僕たちは並んで歩きました。心なしかゆっくりとした歩調で。交わす言葉は他愛のないものです。今日の店はどうだったとか、春休みはどう過ごしているとか。春だからというのもあるのでしょうか、夢のような時間に僕はすっかり浮足立っていて、今しかないんじゃないかと内心で決意を固めつつありました。彼に想いを伝える決意です。この時間が終わってしまう前に、一年分の想いを言葉へ変えようという決意。けれどそれは容易に実行に移せるものではなく、他愛のない話を続けながらまたひとつ交差点を渡ります。赤いパーカーの男性が信号待ちをしていて、デート気分になっている僕は何となく気恥ずかしい気持ちでその後ろを通り過ぎました。

 ほとんど人の姿のない静かな夜の道を、僕たちは並んで歩きました。交わす言葉は他愛のないものです。後期の授業はどうだったとか、最近暖かくなってきたとか。すっかり浮足立った僕は、いったいどんな風に想いを告げようかと、そんなことばかり考えていました。大した話術も持たない僕に、先輩はいつもの柔和な笑みを返してくれます。彼のどこを好きになったのかと言えば、これとひとつを挙げるのは難しいですが、そんな表情のひとつを取っても魅力的に思えて仕方がないのです。他愛のない話を続けながらまたひとつ交差点を渡ります。赤いパーカーの男性が信号待ちをしていて、デート気分になっている僕は何となく気恥ずかしい気持ちでその後ろを通り過ぎました。

 ほとんど人の姿のない静かな夜の道を、僕たちは並んで歩きました。交わす言葉は他愛のないものです。最近どんなニュースがあったとか、人は死んだらどこへ行くのかとか。僕は先輩と喋るのが好きでした。特別良い声というわけではないのですが、滑舌が良くて聞き取りやすい声でした。先輩の言葉がどんなものでも耳を澄ませて聞きました。二人きりで話しているとどんどん先輩の言葉に没入していってしまう、その感覚が好きでした。話しているうちに頭がぼうっとしていくのが分かります。夜は赤いので、この時間が終わらなければいいのにとそんなことを思っていました。他愛のない話を続けながらまたひとつ交差点を渡ります。赤いパーカーの男性が信号待ちをしていて、デート気分になっている僕は何となく気恥ずかしい気持ちでその後ろを通り過ぎました。

 ほとんど人の姿のない静かな夜の道を、僕たちは並んで歩きました。交わす言葉は他愛のないものです。血のにおいの話とか、人間を食べたことがあるかとか。僕はどうしたら先輩とずっと一緒にいられるのかと考えていました。先輩と両想いになれば先輩とひとつになれることは分かっています。どうして自分に肉と骨があるのか、この時ほど不満に感じたことはありません。全部融けて液体になって先輩に吸い取ってもらえれば解決するのです。どこかでびちゃびちゃと水っぽい音がして、先輩は僕の内臓でした。子供の骨が折れて赤くなっています。目なんていりません。赤いから夜です。先輩に抱き締められたら吐いてもらえます。だから僕はまだ死んでいないまま交差点を渡ろうとして、信号待ちをしていた赤いパーカーの男性がこちらを振り向きました。

「大丈夫ですか!」

 同い年くらいの知らない男性は、振り返るなり驚いた声を上げました。後で聞いた話によれば、その時の僕は夜道でも分かるくらいに真っ青な顔をしていたそうです。彼に何と返したのかは覚えていません。彼に声をかけられてすぐに僕は意識を失い、次に目覚めたのは翌日の昼、病院のベッドの上でした。
 それからすぐに、バイト仲間からの連絡で、昨夜の内に先輩が亡くなっていたことを知りました。交通事故でした。時間は夜の九時頃。車に撥ねられ、病院に運ばれた時にはもう心臓は止まっていたそうです。僕のバイトが終わった時、彼が現れるはずがありません。赤いパーカーの彼も、僕は一人だったと言っていました。

 アルバイトはその後も、就職活動を始める時期になるまで続けました。無事に卒業し、就職し、それなりに平穏な日々を過ごしています。
 不思議な縁もあったもので、あの日知り合った赤いパーカーの男性とは、パートナーとして一緒に暮らしています。先輩が僕たちを繋げてくれた――というのは良い風に考えすぎでしょう。
 今では遠く離れたあの町の風景、あの夜の風景を、折に触れて思い出します。あの夜僕は誰と一緒に、どこを歩いていたのでしょうか。夢のような時間、その記憶は確かに残っているのに、まさに夢のように細部が朧に霞んでいるのです。
 全てを忘れてしまった頃、先輩はまた僕を迎えに来るのかもしれません。

 

 春日野